
こんなにも他人からの視線を浴びるのは、いつ振りかも記憶に定かではないが、少なくとも心地良いものではないと、目の前で眉を顰める丸井を見ながら唯は気が遠くなりそうだった。
一方の彼は、注目されることなどとっくに慣れてしまっているのか周囲の様子には全く動じず、目の前で顔を強張らせている唯を何か変な生き物でも見るような顔で見下ろしていた。
「無川。昨日あれからすぐ帰っただろぃ?」
内容が内容なだけに少しは彼なりに配慮したのだろうか。声を抑えて唯に話しかけるが、結局その分唯と丸井との距離が詰まることになる。
思わず丸井と距離を取るように身体を引いた彼女に、彼はまた渋面を濃くし、周りの生徒たちは初めて見る光景にひそひそと囁き合っていた。
離れた場所にいる女子のグループから「何で丸井くんと無川さんが、親しそうに話してるわけ?」などと、誤解していると思しき内容を彼女の耳が敏感にキャッチしたものだから、これは非常にまずい事態だと唯は焦りを益々募らせる。
丸井が教室に居るということはと、思いついたように仁王の姿を探してみるが、このような肝心な時に限って、まだ彼は教室に戻ってきていないらしい。
「あ、いたいた! 丸井先輩! 無川先輩!」
聞き覚えのある声にぎょっとして、唯が教室の出入り口に視線を向ければ、そこに立っていたのは、本来三年の教室には居ないはずの切原と国舘で、更にその後ろには別なクラスのジャッカルまでもが並んでいた。思わぬ彼らの登場に教室内のざわめきがより一層大きくなる。
切原は上級生の教室だろうが構わずにずかずかと足を踏み入れる。そのまま、すんませんとへらりと笑いながら生徒の間をすり抜けて、真っ直ぐに彼女の側へとやってきた。
こうして短時間の間に唯の机の周りには、仁王を除いた昨日のメンバーが勢揃いしている状況になった。
HR開始まで、あと優にニ十分もある。
「全く、参謀には敵わんぜよ」
「関東大会も近い。リハビリが最優先の精市がまだ試合に出れない以上、俺たちがしっかりしなくてはいけないだろう?」
「だからってあの個人メニューは酷過ぎじゃ」
「最近たるんどるからだそうだ。確かに最近、朝練だけではなく部活も無断で来ていない日が、既に今月は三日、先月は二日ある」
「ちゃんと都度、制裁は受けとるぜよ」
「いくらレギュラーだからと言っても良くないな……何かあったのか?」
「ピヨ」
「そろそろ、弦一郎の本気の喝を覚悟しておいた方が良いぞ」
「……ピヨ」
柳蓮二は手にしたノートの中身を指先でなぞりながら、仁王と並びゆっくりとした足取りで廊下を歩いていた。
彼が自分の質問に対して元々真面目に答える気がないのを知っている柳は、周囲に人がいないことをちらりと確認してから別の話題を口にした。
「精市の回復が、あまり芳しくないらしい」
「……本当か?」
「あぁ、昨日、本人から直接話を聞いた。リハビリのスケジュールを再調整する必要があるそうだ。と言っても、全国大会には十分間に合うと言ってはいたが」
「だったら学校なんかに来んで、完全に自宅療養に切り替えれば良い話じゃろう」
仁王の尤もらしい疑問に、柳はふと足を止め思案するように眉を寄せる。
それに倣って仁王も壁に寄り掛かると、周囲の様子に意識を巡らせながら話の続きを待っていた。
「そのことなら、既に俺も弦一郎も精市に進言済みだ。が、精市自身がそれを嫌がっている」
「プライド、じゃな」
「だろうな」
どちらともなく、ふ、と笑いが零れる。
「長期の部長不在という現状に、何より精市自身が強い自責の念を抱いているからな。他人がどうこう言って、簡単に払拭出来る話でもないだろう」
「幸村らしいのう」
「そこは、さすが精市と言ってやってくれ」
再び歩き出した二人が、三年B組の近くまで来た時、教室内よりざわめきが廊下まで漏れ聞こえてきた。
仁王と柳は、普段とは異なるその様子に互いに顔を見合わせる。
教室を覗き込み、その原因を目にした仁王があぁと納得したように頷いた。
「どうしたんだ?」
「昨日、少し面白いことがあってのう」
「そうか、お前の無断欠席とそれがどう関連しているのか、非常に興味深いな。まぁ、部活の時にでも詳しく聞かせてもらおうか」
柳は丸井を筆頭として、見慣れた部員たちに囲まれ、頭を抱えている少女を一瞥し無川かと呟く。仁王が意外そうな表情を浮かべた。
「無川を知っとるんか?」
「在校生の氏名を把握しておくのは、生徒会として当然の義務だろう?」
「……さすが参謀じゃのう」
おかしなことを聞くと、眉を顰めた柳が自身の教室の方へと消えていく後ろ姿を少し見送って、仁王もようやく教室へと入る。
その足は、迷うことなく唯の机へと向けられていた。