カレイドスコーピオ

インビジブル

03.探し物と嘘 / 10

「おいっ! おいっ! しっかりしろぃ!」
「ブン太、あんまり激しく揺らすなよ」

 初めは掴み所のないほど緩やかな動きだったそれが、次第にはっきりと感じられるようになったところで、は目蓋をゆっくりと押し上げる。
 酷く焦っている様子の丸井と彼女の目が合った瞬間、彼は大きく安堵の息を漏らした。
 まだ足が地につかない感覚の中、何があったんだろうかと彼女が記憶を思い起こしていると、すぐに先刻の出来事が頭の中を駆け巡り、は弾かれるように飛び起きた。途端にぐらぐらと視界が明滅しながら歪み、崩れそうになる身体を慌てて丸井が支える。
 机や椅子を再び片づけていたジャッカルも一旦作業を止めて二人の元へやってきた。

「派手に倒れたんだから、あんま無茶するなよぃ」
「ま、丸井くん。さっきのあれは?」
「俺たちにも分かんねぇ。お前が何かやった後すぐに消えちまった。けど、もう嫌な感じはしないから今度こそ大丈夫だと思うぜ」

 確かに丸井の言う通り、教室内から異様な空気はすっかり消え失せていたが、教室の状況は先にも増して散々たるものになっていた。
 ふいに廊下からばたばたとこちらに向かって駆けてくる音が聞こえてきた。思わず三人は顔を見合わせて身体を強張らせる。
 やべぇと丸井が呟いてジャッカルを見るが、俺に一体どうしろとと彼も肩を落とした。
 間もなくがらりと勢い良く扉が開く。姿を見せた男子生徒は開口一番に叫んだ。

「大丈夫か!? 丸井、ジャッカル、赤也!」

 よほど急いで来たのか、軽く汗をかき息を切らせている様子を見て、丸井がはぁと脱力して表情を緩ませる。

「に、仁王か。驚かすなよぃ」

 丸井の言う通り、仁王の様子は普段より余裕がないように見えた。
 彼でもこんなに焦ることがあるのかと、がぼんやりと考えていると仁王と目が合う。彼の瞳が僅かに驚きに見開かれた。

「何が一体あったんじゃ?」
「あーもう良く分かんねージャッカル説明頼む」

 言うなり丸井は立ち上がって瓦礫のように重なる机を直し始める。
 代わりにジャッカルが事の次第を簡単に説明していると、近くの壁に凭れ掛かっていた切原が、意識を取り戻したのか呻き声を上げて身じろぎをした。
 ゆるりと開いた瞳は、教室の惨状をどこか遠いことのようにしばしぼんやりと眺めていたが、すぐに色々と思い出したのか、その顔がみるみる蒼白に染まっていく。

「あ、ぁ、お、おれ、俺、とんでもないこと……」

 我を失っていた間に自分がしでかした記憶はしっかりと残っているらしく、切原は唇を戦慄かせて深く項垂れた。

「スンマセン、俺……いでっ!」
「感傷に浸ってる暇あんなら、さっさと手伝えよ。元はお前のせいだろぃ?」

 丸井は手近に転がっていた誰かの教科書で、切原の頭を思い切り叩く。
 丁度教科書の角が当たったらしく、若干涙目になりながら丸井を見上げた後、切原は隣にいる国舘へと視線を向けた。

「まだ、気失ってるみたいだな。なぁ仁王、俺たちは教室直してから行くから、お前は国舘と無川を保健室に連れてってくれないか?」
「ジャ、ジャッカルくん。私なら大丈夫です」
「んな訳ねーだろぃ。お前だってあちこち打っただろ」
「でも……」
「……構わんぜよ」

 煮え切らない態度を見せたを無視して仁王は国舘を背負うと、ちらりと彼女に目を向けた。

「ところでお前さん、名前は?」
「あ、え、えっと、無川です」
「ほら見ろジャッカル。話したことなけりゃそんなもんだろぃ?」
「仁王、お前もかよ。だからクラスメートの名前くらい覚えとけって」
「終わったら俺たちも行くんで、帰らないで待ってて下さいッス」

 ついてきんしゃいと言う仁王には迷った様子を見せたが、丸井を始めとして三人が後押しをするような言葉を次々にかける。
 結局は仁王の後を追っては慌てて教室を出た。

 そもそも何故仁王が保健室の鍵を持っているのだろうかと、彼が国舘をベッドに横たわらせているのを眺めながら、はソファーに身を沈めて窓の外へと目を向けた。雨はどうやら山場を越えたらしく、今は小降りになっているようだった。
 教室を出てからこれまで仁王とは一言も話していない。
 とりあえず保健室には来るだけは来たので、後は彼に一言声をかけて丸井たちが来る前に帰ってしまえば良いだけの話だ。
 出来れば顔を合わせる前に行動に起こしてしまいたいと思い、彼女がそのタイミングを計っていると、先に仁王が戻ってきてしまった。
 しまったと思いながらソファーにどさりと腰を下ろす仁王をちらりと見たは、彼が口を開くよりも先に切り出した。

「仁王くん。私、邪魔だと思うから帰ります」
「待ちんしゃい。帰るのは教室で何があったか詳しく俺に話してからじゃ。それと」

 お前さんの足の怪我の様子も確認が必要ぜよと彼は付け足す。
 てっきり仁王は喜んで追い出すものと思っていたは、意外な彼の申し出に思わず目を丸くした。

2012/05/31 Up