
うわぁと叫んで国舘は椅子から盛大に転げ落ちた。
丸井もジャッカルも、女生徒の違和感に遅れて気付き同じく叫び声を上げたが、腰を浮かせるのがやっとという様子でその場で凍りついたように固まっている。
一方の切原は口をぱくぱくさせて国舘と女生徒へ視線を忙しなく向け、唯は咄嗟に腕に巻きついているシュシュへと手を伸ばしていた。確かめるようにその存在をぎゅっと強く握り締める。
突然現れたこの女生徒を見知っている人間は、少なくともこの場には一人としていなかった。
下半身のことを除けば、彼女の顔も多少青白いと感じる程度で、一見すれば生気のある人間そのものに見えた。
「私が見つけてあげたのよ」
だから私の探し物も下さいなと続けた彼女が、またにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
直後にどさりと音がして女生徒の姿が床に吸い込まれるようにして消える。皆が一斉に息を飲む音が教室内に大きく響いた。
一瞬消えたかと思われた彼女の姿を、一番距離が近い位置にいた国舘が初めに捉え、彼の瞳が恐怖の色を帯びる。
彼女は這うような動きで机と机の間をゆっくりと進んでいた。そこに先程までの穏やかな微笑みはなく、にたりと唇は歪み、瞳は瞳孔を蛇の目の如く細くさせて爛々と燃えていた。
そしてその全てが、今はただ真っ直ぐに国舘に向けられている。
「な、何だよ! お前! こっち来んなよ!!」
完全に腰が抜けてしまったのか思うように立つこともままならない国舘は、机や椅子が身体のあちこちにぶつかるのも気に留めずにじりじりと後ろへ後ろへと下がっていく。しかしすぐに壁際まで追い詰められ、彼は壁伝いに逃げようとしたが、女生徒は決して逃がすまいと彼の左足首を掴んだ。
国舘の掠れた叫び声を聞いた瞬間、切原が弾かれたように駆け出す。
「オイ、テメェ!! ふざけんな!!」
いくつかの机と椅子を飛び越えて真っ直ぐに女生徒の背後まで辿り着くと、切原は臆することなくその背中と左腕に掴みかかった。
そのまま勢いに任せて彼女を国舘から引き剥がそうとする。
「こん……のっ! 離しやが……っ!!」
力一杯に彼女の腕を引いていた切原だが、突如息をひゅっと飲み込んだ。
国舘の方を見ていた彼女の頭が、ぐるんと180度回転したかと思うと今度は切原の方を向いたのだ。
にたにたと笑う彼女の口から一筋の赤い血が滴り落ち、その先からはちろちろとした血に負けず劣らず真っ赤な舌が覗いている。
次にコキという小さく軽い音がニ、三回響いたかと思うと、彼女の首が僅かに伸びた。
今や、ほんの10cmも離れていない距離で、女生徒と切原は顔を突き合わせている。これにはさすがの彼も一瞬怯まざる得なかった。
「あなたのも悪くないけど、私には少し似合わないの。邪魔しないでくれる?」
値踏みするような女生徒の視線が、切原の身体を這う。
やがて国舘に添えられていた彼女の右腕が、ぎりりと嫌な音を立てて不自然に捻じ曲がったかと思うと、そのまま切原に向かってまっすぐに伸びてきた。
益々表情を堅く強張らせた彼を見て、満足そうに彼女がけたけたと笑う。
「ア、アンタ一体何な……う、わっ!!」
女生徒の手の平が切原の肩に触れた途端、彼の身体がいとも簡単に宙を舞った。
いくつかの机と椅子をなぎ倒しながら倒れた彼は、強かに身体を打ったのか苦しそうに小さな呻き声を上げる。
「赤也!! ちっ。ブン太、国舘の方を頼む」
「分かった」
切原の様子にようやく幾分落ち着きを取り戻したジャッカルと丸井が、それぞれに素早く散っていく。
一方の唯は目の前で起きている光景にただただ足が竦み、一歩もそこから動くことが出来なかった。
「赤也、平気か?」
「ってぇ。何なんだよ……」
ジャッカルの手を借りて身体を起こした切原は、軽く頭を振って目を瞬かせる。
派手に打ちつけた割には幸いにも頭を打った様子や目立った怪我もなく、切原も大丈夫ッスと答えてすぐに立ち上がると、ジャッカルが止める間もなく、再び女生徒がいる方向へ走り出した。
ところが、すぐに切原は目を丸くしてその足を止めることになる。
「あれ? き、消えた……?」
切原の言葉の通り、先程までそこにいたはずの女生徒の姿は消えていた。
「国舘。大丈夫か? おいっ、国舘!」
とうとう気を失ってしまったのか、国舘はぐったりと四肢を投げ出して床に倒れていた。
彼の左足首は、相当強い力で握り締められていたらしく、制服にはくっきりと彼女の指の形に皺が残っている。
丸井は国舘の身体を揺すって意識を取り戻させようと試みていたが、やがて彼が軽く身じろいで呻き声を上げたのを確認し、ようやくほっと息をついた。