カレイドスコーピオ

インビジブル

03.探し物と嘘 / 3

「う、わ……マジで?」

 するすると紙面を這う十円玉を見下ろして、丸井は思わず感嘆の声を上げる。
 開始早々に切原の呼びかけに反応した硬貨は、四人の指を乗せて鳥居から動き出した。そのまま彼の簡単な質問を二つ三つ答えた頃には、さすがの丸井も半信半疑ながら興味がわいたのか、食い入るように硬貨の動きを見つめていた。

「誰か動かしてんだろぃ? ジャッカルあたりが」
「だから何でも俺かよ! いや、俺は乗せてるだけだぜ」
「すげーすげーマジ動いてる」
「ほら、切原、そろそろ本題質問しろよ」

 国舘が促すと、切原は頷いて硬貨に向かい話しかけた。

「俺の定期入れどこにありますか?」
「おい赤也。何だよそれ。せめて特徴ぐらい具体的に言えよぃ」

 丸井の突っ込みに一瞬切原は目を丸くして、あぁそうかと言い直そうとする。
 次の瞬間、硬貨が迷うことなく動き出した。皆の視線が一瞬にしてそこに集まった。

「『も』『う』『す』『ぐ』『く』『る』……何だこりゃ?」

 指し示した順にジャッカルが文字を読み上げて首を捻れば、さぁと他のメンバーも同様に疑問を浮かべた。
 硬貨はもう一度同じ言葉をなぞり、鳥居へと戻っていく。

「ちょっ、意味分かんねーし!」
「どう見ても聞き方が悪いんだろぃ」
「じゃあ、丸井先輩が代わりに質問して下さいよー」
「赤也の探し物だろぃ? テメェで何とかしろよぃ」

 再びぎゃあぎゃあと騒ぎ出した切原たちに、ジャッカルと国舘はまたかとがっくりと肩を落とす。
 その時だった。
 からからと扉が開く音が響き、全員がぴたりと話すのを止めた。

「え?」
「……何か来たぜ」

 一番初めに口を開いた丸井の姿を、は扉に手を添えたまま驚いた表情を浮かべて見返していた。

 これではまるであの時の再現だと、四人の視線を浴びながらは全身に冷や汗が浮き上がるのを感じていた。
 今度は仁王以外のテニス部の人間で、そして何の因果なのかまたこっくりさんの現場に遭遇かと、思わず口にしてしまいそうになるのをやっとの思いで堪えて、そそくさと自分の机へと向かう。

「わ、私、忘れ物を取りに来ただけなんで。すぐに居なくなりますから……」

 我ながら情けない声を出しているものだと彼女は少し悲しくなりながら、四人の方へと視線は決して向けずに目的のノートを鞄に詰め込んだ。
 今この場に仁王が居なくて良かったと思う反面、女子ならず男子までもが行うなんて、何故この立海の中でこんなにもこっくりさんが流行っているのかが不思議に思えて仕方がなかった。

「なぁ、赤也、途中で誰か乱入してきた時って、何か問題ないのかよぃ?」
「知らねぇッス。その辺どーなんだよ。国舘」
「特に問題ないと思うけど」
「え? 赤也って、切原赤也?」

 思わず声を上げたに再び視線が集中する。
 恐る恐る彼女がそちらを向けば、名前を呼ばれた切原が怪訝そうな表情を浮かべて彼女を見ていた。

「は? だったら何だよ?」
「あ、あの、その。さっき君の定期入れ拾ったから、これから職員室に届けるつもりだったんです」

 慌てて鞄の中からあの赤い定期入れを取り出してみせると、その瞬間に睨みつけるような鋭い眼光をたたえていた切原が、一転してぱっと顔を輝かせる。

「すごいな。『もうすぐ来る』ってこのことかよ」

 ジャッカルも驚きを隠せない様子で丸井と顔を見合わせて漏らした。

「マジで!? マジですげぇ! ……っと、危ねぇ。帰ってもらうのが先だったっけ」

 思わず腰を浮かせた切原は硬貨から指を離しかけて、思い出したように慌ててこっくりさんを終わらせるための言葉を口にする。
 の脳裏に当時の記憶が鮮やかに蘇る。彼女は思わず硬貨の様子を注視するが、それは素直に『はい』の方へ移動した後、鳥居まで戻って動きを止めた。
 切原はいよいよ勢い良く席を立ち彼女の近くに駆け寄ると、定期入れを受け取るや否やすぐに中身の確認を始めた。
 やがて安堵の表情を浮かべた彼を見て、あの写真は切原にとって余程大事なものだったことが彼女にもよく分かった。

「アンタ、えーと名前は?」
「あ、無川です」
「どうもッス! 無川先輩」

 到底先輩に対する口ぶりではなかったが、にかっと人懐っこい笑顔を見せる切原に思わずも小さな笑みを零す。

「へーアイツ、無川って言うんだ」
「おいブン太、仮にもお前のクラスメートだろ」
「だって話したことねぇし」

 離れた所から丸井とジャッカルの会話が聞こえてくる。
 確かには丸井ともこれまで一度も話したことがないので、彼の言い分に一応間違いはない。丸井のあの様子なら、きっと彼女がここを立ち去った後は、すぐにでもこの出来事を忘れてくれそうな雰囲気があった。
 そのことに胸を撫で下ろしながら、とりあえずこれで首尾よく全ての用事が終わったと、は一刻も早く教室を出るために踵を返す。

――次は、私の探し物の番ね。

 嬉しそうなのものではない少女の声が響き、国舘が「え?」と自分の背後を反射的に振り返った。
 彼から少し離れた位置にいつの間にか立っていたのは、立海の制服に身を包んだ一人の女生徒だった。
 彼女は国舘と目が合うと、にこりと可愛らしく笑う。
 ついつられて彼の方も口元を和らげたが、ふと視線を泳がせた先で目にしたものに思わず目を見張る。
 彼女の腰から下に、本来あるべき二本の足がそこには存在していなかったのだ。

2012/05/07 Up