カレイドスコーピオ

インビジブル

01.呪い遊び / 3

 ゆっくりとしたその動きを全員の視線が追う。
 十円玉はやがて『はい』の場所で動きを止めたあと、不規則に動きながら紙の文字列を順に示していく。

――『ち』『ょ』『う』『だ』『い』

 動きを止めた硬貨と、指し示したたった五つの文字をその場の全員が穴が開く勢いで見つめていた。
 やがて一人が震えた声を上げると、皆せきを切ったように口を開く。

「え? え? 誰か動かした?」
「動かしてないよ。ねぇ。ふざけんの止めてよ」
「ちょっと冗談止めて。分かった。無川さんでしょ!」
「ち、違う。私、動かしてなんかないよ」

 こっくりさんの当初の目的にこういう事態が起きることも期待していたはずなのに、いざ直面すると自分が想定していたよりも冷静でいることは非常に困難だ。
 現に彼女たちもただ十円玉が動いたという程度であれば、面白い経験が出来たと友人に自慢話をするくらいで済ませていただろう。
 ただ、実際は先に起きた密室内での突風と異様な空気の澱み。そして止めにこの硬貨の動きと、説明のしようがないことばかり続いている。勿論この状況下で「何が欲しいのか?」など質問する者はいない。
 全てを仲間内の誰かによる悪戯だと思い込まなければ、この先もっと喜ばしくないことが起きるような気がしてならないのだ。
 そしてその矛先は、さも当然と言うようにこのグループの中では異端でもあるへと向けられる。最も少女たちも責めるというよりはどこか懇願に近い響きを持っていたが、当然が動かしている訳ではない。彼女が震えながら否定に首を振るとみるみる全員の表情が青褪めていく。
 やがて沈黙していた硬貨が再び動き出した。
 不規則にその場でぐるぐると円を描いたかと思うと、今度は素早く動き何度も何度も同じ文字をなぞり出す。

――『ち』『ょ』『う』『だ』『い』

 繰り返される言葉が自分たちに向けられているのは明らかだった。これには、未だにまだ誰かの悪戯だろうと訴えていた少女も流石に面食らったのか言葉を失う。
 硬貨は動きを止めるどころか、徐々にその動きを速めていった。静かになった室内で、硬貨が紙上を滑る音だけが大きく反響する。

――『ぜ』『ん』『ぶ』『ち』『ょ』『う』『だ』『い』

 そして、新しい言葉を硬貨が綴った時、きゃあと甲高い声を上げていよいよ一人の少女が泣き出した。
 別な少女もつられるように涙声で「何これヤバイ。まじヤバイって」と友人たちに訴えかける。

「ねぇどうすんのさ! やろうって最初に言ったのあんたでしょ!」
「分かってるっ、ゆ、指離しちゃ駄目だよ! それから、それから、そうだ帰ってもらうんだ。こっくりさん、こっくりさん、どうぞお帰り下さい」

 少女が呟いたのを皮切りに皆が口々に同じことを呟く。
 反応するように動きを止めた硬貨は、するすると鳥居へ向かって進み出す。全員が固唾を飲んでその様子を見守っていた。
 ところが直前で硬貨は『いいえ』の方へ進むと、まるで少女たちをからかうかのようにその場で円を描き始めた。
 素早い動きに少女たちは指先が離れないように必死に力を込めているのだが、もし仮に誰かが意図的に動かそうとしているとしていたら、自身以外の三人分の力を受け止めた十円玉をこのように操作するのは非常に困難なはずだ。
 だからこそ目の前で軽やかに動き回る光景は、全員の恐怖心を煽る以外の何物でもなかったのだ。

「何で? 何で? 何で!」
「落ち着いてよ! とにかくこのままじゃ終われない。帰ってもらうしかないよ」

 既に涙声になりながらもたちは必死で同じ言葉を繰り返すが、やはり硬貨は『いいえ』の方へとしか動かない。
 日は少女たちの焦燥を映すように、その色を落とす速度を速めていた。完全に日没となれば教師による見回りが始まるため、それまで耐えれば何とかなるかもしれない。
 そう思い腕時計に目を落としたは、まだこっくりさんを始めてから三十分も経過していないことに驚き落胆した。
 日没の正確な時間など知らないが、少なくともそれが訪れるまでにはまだまだ時間がかかるのは間違いない。

「……ねぇ」

 の隣の少女がぽつりと声を上げた。
 全員が声は上げずに視線だけで少女を見る。彼女はじっと俯いたまま肩を震わせていた。

「誰か、こっち見てる……沢山、見られ、て、る」

 かたかたと歯の根が合わない様子で紡がれる言葉は、全員やっと聞き取れる程の小さな声だった。
 少女は恐怖に目を見開き、その双眸からは透明な涙が今にも零れ落ちそうになっていた。彼女は膝に置いた自分の手の甲を見つめ、決して顔を上げようとしない。

「見てる、見てる。皆、見てる。ほら、声も聞こえる……」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」

 震えが酷くなる彼女を宥めようと、更に隣に座る彼女の手が彼女の肩に触れた。
 その瞬間、ばっと弾かれたように俯いていた少女が顔を上げて相手の顔をじっと見つめたかと思うと、その視線がゆっくりと少し上へと移動した。
 彼女の何もない虚空を見つめる瞳から、いよいよぼろりと一滴の涙が頬を零れ落ちる。

「あぁああぁぁぁあっ!!」

 少女は何かに怯えるように金切声を上げて立ち上がる。
 その指は未だ動きを止めることのない十円玉から離れていた。

2012/04/01 Up