
「何も起きないねぇ」
白けたような声が教室内に響く。
少女たちは先程から同じ言葉を繰り返し口にしていたが、目の前の十円玉は頑として少しも動かなかった。
始めた最初こそ何とも言えない緊張感があったが、こうも期待を削がれてしまうと興醒めするのも否めない。
唯たちが行っているのは、『こっくりさん』という占い遊びだ。
地方によって、エンジェルさまやキューピッドさんなど様々な呼び方が存在する。
成功するかはさておき、こっくりさんをやること自体は非常に簡単だ。
紙に鳥居と文字を書いたものと十円玉を準備する。後は二人以上で紙に置いた硬貨に指を添えて、呼び出しの言葉を口にすればいい。
成功すれば、こっくりさんがその硬貨に宿ることで自然に動き出し、参加者の様々な質問に筆談のようにして答えてくれるというものだ。
しかしながら、このこっくりさんというものは、ただの占い遊びには留まらない。実施するためには、その他に順守すべき様々な約束事がある。
例えば、こっくりさんを実施している間は十円玉から決して指を離してはいけないだったりとか、終了させる時には必ず帰って欲しいとお願いして了承をもらうことだったりとか、それは多岐に渡り尾ひれが付いたものも含めると相当な数に上ることもある。
そして約束事を破ってしまった結果に起こることとして共通しているのは、対象者が『こっくりさんに憑りつかれる』ということだ。また実行中に何かしらの心霊現象を伴うこともあり、興味本位での実行は好ましくないと言われている。
それでも駄目だと言われれば言われるほど、手を出したくなるのは悲しいかな人間の性だ。
この年齢の子供たちの目には、こういったリスクの部分ですら興味対象として映っている。更にそこに複数人で行う占いという響きの軽さが後押しをすれば、全てはお誂え向きの娯楽と化すものだ。
占いは勿論のこと、どこかで普段は味わえないような刺激的なことが起きるのを誰もが心のどこかで期待している。
だからこそ、今の状況は少女たちにとっては肩透かしを食ったのに他ならず、非常に面白くないものだった。
「えー? もう止めちゃう? もう、期待ハズレー」
「何も起きてないけど、指って離して良いんだっけ?」
「こっくりさーん。どうぞおいで下さいー」
「……」
やはり一向に何も起きる気配はなく、唯を除いた少女たちは既に飽き始めたのか口々に言葉を紡ぐ。
その内の一人はまだ諦めていないらしく、こっくりさんの名を呼び続けてはいたが口ぶりからは真剣さは微塵もない。
気付けば夕日が大分傾き始めている。影が色濃くなりつつあった教室内では、今やこっくりさんのことよりも今夜の連続ドラマや好きな俳優の話に話題がシフトしつつあった。
明らかにこのままお開きになる雰囲気に内心唯は寧ろほっと胸を撫で下ろしていた。
他の学校は知らないが、こっくりさんが校内で男女学年問わずに生徒たちの間で流行っていることは知っていた。
占いが当たったとか怖い体験をしたなど口にする生徒もいたが、唯は霊感もなければ、その手の話に特別興味も惹かれない。むしろ怖い話は苦手の部類だった。
空き教室に来て机の上にあったものを見てすぐに、少女たちの目的と一人が口にした自分が参加することで雰囲気が出るという言葉の意味が、単に普段から口数が少なく一人でいる自分が居ることで、彼女たちが期待するような効果をもたらしてくれればとでも思ったのではないかと推測したが、参加を辞退しようにも唯が発言をする間も与えられずに結局巻き込まれた形で席に収まることになってしまった。
元々気乗りしなかった遊びだ。それよりも今は一刻も早く彼女はこの教室から出たかった。
「つまんないの。隣のクラスの子は出来たって言ってたのにな」
「どうせ誰か指でも動かしてそれっぽくしたんでしょ」
「まあ最初からこんなことだろうと思ったけど。どうする? どっか寄って帰る?」
目の前で繰り広げられる友達同士の会話には、一部外者である唯は勿論入れない。
今更そんなことで悲しくなったりはしないが、多少の居心地の悪さを感じるのもまた事実だ。早く終わってくれと祈るばかりだ。
「んじゃ決まり! もう終わりに――」
その時だった。
ひゅうと窓際から吹き込んだまるで突風のような風が、全員の髪を激しく揺らした。
唯はばさりと舞い上がる髪を咄嗟に硬貨に添えた手で抑えようとして何となく躊躇った。結局頭を軽く振ることで、乱れた前髪で途切れた視界を切り開く。
「もう、誰だよ窓なんて開け……て……え?」
隣の少女も唯と同じく硬貨に指は添えたまま、別な手で乱れた髪を整えていた。皆が唯のように何かを感じたのかは分からないが、全員が硬貨から未だ指を離していない。
そして少女の一人が、窓へと抗議を投げつけたところでそのまま言葉を失う。
どうしたのと同じように視線を向けた他の少女たちも一様に口を噤んだ。
「窓、開いて……ない……」
別な少女が口を開いた瞬間、明らかにこの場に漂う空気が変わったことを唯は感じた。呼吸の度に肺に入り込む空気がずんと重く感じるのだ。まるで酸素が入っていかず、ゆるゆると窒息していくような奇妙な感覚だった。
隣に座る少女の指先がびくりと震えるのを視線の端で捕え、この異様な雰囲気を感じているのは自分だけではないのだと彼女は理解する。
「や、止めよ。止めよ。おしまいっ!」
先の自分の言葉を否定するかのように明るい声を上げた少女は、硬貨から指を離そうとしてひゅっと息を飲んだ。
十円玉が突如、するすると動き出したのだ。