カレイドスコーピオ

インビジブル

01.呪い遊び / 1

 さぁ始めるよと隣から楽しそうに呼びかける少女の声が響いた。
 すぐに一人を除き、他の少女たちは期待を込めてうんと返事をする。
 一人俯き押し黙っていた少女も、少しばかり遅れてから「はい」と小さく答えを返した。
 教室の中央では、二卓の机が向い合せに並べてあり、白い布がテーブルクロスのように垂れ下がっている。
 そして、机を囲み肩を寄せ合うようにして四人の少女が椅子に座っていた。
 少女たちの視線は、机の上に置かれた手書きの紙と、自身の指が添えられた十円玉に注がれている。
 電気をつけていない教室は、差し込む夕日に照らされて窓際こそ赤く染まっていたが、少女たちの座る場所までには届いておらず、室内のほとんどは薄暗い。
 グラウンドのある方角からは、まだ部活中の生徒の声が微かに聞こえてくるものの、そこからはこの空き教室を直接見ることは出来ないため、こんな場所で今から自分たちが『ある遊び』行うことを知っているのは、当然ながらこの場に居る少女たちだけだ。
 今一番危惧すべき所は教師による校内の見回りだが、それも日が完全に落ちてから行われることは事前に確認済みであり、意図的に隔離された空間の中で、否応なく少女たちの期待は高まるばかりだった。

「……本当に、やるんですか?」

 未だに紙も硬貨も直視出来ず、固く握りしめた自身の左拳だけを見つめていた少女が、掠れた声で周囲の少女たちに尋ねた。
 その言葉に、興を削がれたような三人の視線が自分に突き刺さるのを感じながら、発言した少女は口を噤む。

「やるに決まってんじゃん。何? 怖いの無川さん?」

 ほんの僅かに棘を含んだような声が突き刺さる。
 びくりと身体を震わせ少女がようやく視線を上げると、言葉とそっくり同じような視線が自分を取り囲んでいた。その目が有無を言わせないとばかりに鋭く、少女は思わず逃げるように自分の右手の指先へと視線を落とす。
 そこにある硬貨は、四人の指先に覆われすっかり見えなくなっていた。離してしまわないようにと、思わず指先に力が入る。
 そのまま紙へと視線を向ければ、そこにはいかにも女子が書きそうな丸い字で平仮名と漢数字、記号が並んでおり、それらの文字列の上には赤い鳥居を挟むように左右に『はい』と『いいえ』が添えられていた。

――こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいで下さい。もしおいでになられましたら『はい』へお進み下さい。

 少女の答えを待たずに遊びは唐突に始まり、もう逃げることは出来ないのだと、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。

無川さん、今日の放課後空いてる? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」

 そう言って目の前に立つクラスメートは、名前こそ知っているが一度も話したことがない。当然向こうから話しかけられたのもこれが初めてだ。
 そもそも何故自分に声がかかったのかが不思議だった。しかも相手はやけにお願いの部分を強調してくるのだ。
 彼女の言葉が理解出来ずに無川は、ただ呆然と自分の机に両手を置いてにこにこと人懐っこく笑う彼女の顔を見上げていた。

「お、お願いしたい……こと?」

 思わず尻すぼみになった返答に、隣に居た別の少女があからさまに眉を潜めて何やら耳打ちをしているのが見えた。
 あぁ失敗したと思って、はぐっと両拳を膝の上で握り締めて俯く。

「ねぇ、ホントにこの子も誘うの?」
「良いじゃない。雰囲気出るし」
「でもさー三人で良いじゃん」
「こういうのは雰囲気も大事なの……ホラ、聞こえちゃうよ?」

 二人の会話は既にの耳にもれなく届いているのだが、彼女が特別反応しないこともあって遠慮なく続いていく。
 しばらくやりとりを眺めていたが、このまま待っていても一向に話が進まなそうな気配に、思い切って彼女の方から続きを切り出すことにした。

「あの……私で良ければ、何ですか?」

 普段交流のない自分に声がかかった時点で、余り楽しそうな内容ではないだろうと予想はしていたが、お願いの中身に全く興味がないと言ったら嘘にはなる。
 しかもクラスメートの口ぶりから、三、四人でやる事らしい。そんな少人数で尚且つ自分が居る事で盛り上がることと言えば一体何だろうかと可能な限り考えてみたが心当たりがなかった。
 さほど運動神経が良い方でもない。もしかしたら何かスポーツをやって失敗する自分を笑いものにでもするのだろうか。
 それなら有り得るかもしれないと、思わず自嘲気味に一人笑ったを眼前の少女たちは訝しげに見つめたが、すぐに彼女の返答に喜び笑顔を浮かべる。

「ありがと。じゃあ、十六時に三階の空き教室に絶対来てね」

 もう用事は済んだとばかりに手の平をひらひらさせて机から離れた彼女たちを見ながら、室内で可能なスポーツに何があるだろうなどは思考を巡らせる。しかもわざわざ建物の端にあって滅多に使われない空き教室で行うものだ。

(もしかして、私、何か怒らせることをしちゃったかな)

 三年間これまで目立つことなどした試しがなかったに全く思い当たる節はない。
 むしろ彼女たちとは先にも言ったように同じクラスになってから口も聞いたことがなく、自分としても生涯縁のない世界で生きているような人に見えていたほどだ。
 そうなると思いつくのは悪い事ばかりだ。

 まさかこんな遊びに誘われるなど、この時のは夢にも思っていなかったのだ。

2012/04/01 Up