
「政府における刀剣および刀剣男士の管理方法については、最重要機密に分類されています。ところが遺憾ながら、歴史修正主義者側にその機密情報の一部が渡ってしまっているようです。その点においては、現在政府も対策を講じている次第です」
「その言い方だと、これ以上聞いてもちゃんと答えてくれないんでしょうね」
「ご想像にお任せします」
こんのすけはやはり差しさわりのない回答をしてくるが、別な見方をすれば、それは歴史修正主義者側も一筋縄ではいかないということを明確に示している。
政府の根幹に関わる情報を盗み出したのだ。政府のように明確な組織図が存在し、統括されているとしか思えない。知略に長けた者や、もしかすると、政府の内情に詳しい者が関わっている可能性も拭えないだろう。だとすれば、政府側の人間全てを腹の底から信じるのは時期尚早か。
こうしてみると、政府と歴史修正主義者とは第三者目線からは拮抗しているように見えて、実のところは根の部分で複雑に繋がっている部分も多くあるのかもしれない。
そこまで考えて、唯は首を横に振った。
いくら彼女が真剣に考えたところで、唯にはどうしようもない領域の話だ。今の彼女に出来るのは、政府の要求に従順に答えることだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
彼女はちらりと加州の方を見やった。彼は物であって人ではない。呪詛のように繰り返し心の中で唱えてはいるが、やはりこういう会話は、当人が気にしていないとしても気が滅入る。いっそのこと慣れてしまえば楽なのだろうが、そこまで割り切るほど、彼女はまだこの環境に浸かり切れていない。
ふっと溢れ出した動揺を押し込めて、唯は言葉を続けた。
「……効率性を優先するなら、審神者に対して、初めからこの刀帳にある全ての刀剣男士を渡しほうが早くないですか?」
「それはできません。審神者として未熟な状態では、顕現できる刀剣男士にも限度がありますし、何より審神者さまへの負担が大きくなります。政府としても審神者様の存在は要用と位置付けておりますゆえ、そのようなことは好ましくないと考えております。刀剣男士を集め統率することが、すなわち審神者さまご自身のためでもあるとご留意ください」
そこで唐突に会話が途切れた。
どうしたのかと唯が顔を上げれば、こんのすけは考え込むようにわずかに首を傾けてから、尾で畳を一つ撫でた。初めて見る所作だった。
「まだお話しすべきことはございますが、先に加州清光と正式に契約をしていただきます」
そう言ってこんのすけが机の上に置いたのは、小さな守り袋だった。その隣にはペンらしきものも並んでいる。
「資料に目を通していただいたのであれば、既にご存知のこととは存じますが、中には木札が入っております。表に審神者さまのご氏名を、裏には加州清光へ対しての祝詞をお書きのうえ、袋へ戻してください」
「祝詞って、私、そういうの全然詳しくないんですが……」
「祝詞に関しては、正式なものでなくても全く構いませんのでご安心ください。ただし、審神者さま以外の方に安易に推察されない内容でお願いします。審神者さまのご氏名と祝詞をもって刀剣男士と契約をしていただくことになります。つまり、その二つを奪われれば、契約解除となりますのでご注意願います。私と加州清光は一旦退室いたしますので、終わりましたらお声がけください」
そのままこんのすけも加州も部屋を出て行ってしまう。
残された唯は、守り袋を前に困惑していたが、このままこうしていても事態は進まない。やがてその袋を手に取ると、口に指をかけ紐を解いた。
確かに中には薄い木札が一枚入っており、袋から引き出して早々に焼き印が目に飛び込んだ。それは昨夜見た資料の中にあった通りの図柄で、どうやらこちら側に唯の氏名を書くらしい。
ペンを手に取りキャップを捻れば、そこから細い筆先が覗く。筆ペンのようだが、あいにくと唯には使い慣れていないものだ。試し書きがしたいと周囲を見渡すが、使えそうなものはなく、彼女は諦めて再び木札に向き直った。
若干歪んだものの何とか氏名を書き、乾いたのを確認してから裏返す。何の変哲もない木の肌に指先で触れてみると、表面はつるりと滑らかに磨かれていた。その心地良さを感じながら、彼女はこんのすけの言葉を思い返していた。
こちら側には祝詞を書かねばならないが、内容は自由にしていいと言われても、他人に知られないようにという条件が加われば、単語一つなど適当には決められない。更に、審神者自身も忘れない言葉にする必要もあった。
審神者の氏名と祝詞で契約が締結し、それが第三者に知られることで解除されるものだとしたら、むしろ審神者自身が祝詞を忘れてしまっていたほうが、かえって都合がいい側面もありそうだが、それもまた何か特別な事情があるのだろうか。
木肌をなぞりつつ、どうしようかとしばらく迷っていた唯だったが、ふと思いついたように筆を執った。