
何でしょうかと、こんのすけは小首を傾げながら尋ねた。
「昨日の話だと、私が元いた場所に関しては政府が責任をもって対応するって言ってたけど、具体的に一体何をしたの?」
「審神者さまが、そこへ存在していたという痕跡の全てを隠匿させていただきました」
「隠匿ってどうやって?」
「政府の機密に関する事項は、審神者さまであってもお話しすることはできませんので、お答えできる限りの説明でご容赦ください。審神者さまのご親族、ご友人、所属組織に至るまで、物理的にも精神的にも処置は完了しております」
「……それって……あなたたちが嫌う“正当ではない歴史の改訂”と一体何が違うの?」
唯は絞り出すような声を上げて、こんのすけを睨み付けた。
自然と彼女の両拳に力が入り、奥歯がぎりと悲鳴を上げる。
政府の最大の目的が、歴史修正主義者の殲滅にあることは、資料から彼女も既に理解をしていた。その歴史修正主義者という存在は、あらゆる時代へ干渉し、歴史修正主義者側にとってのあるべき姿の歴史に矯正することを本懐としている。
歴史を捻じ曲げれば、当然その先に繋がるべき未来も変わる。そして逆も然りだ。起きた事実を“なかったもの”とすれば、関連していた過去もまた歪む。
政府が唯に対して行ったことは、彼女にとっては歴史修正主義者と何ら相違ない。彼女がいた元の世界から、唯の存在に対して政府が干渉したせいで、彼女を形成するあらゆるものが“なかったもの”とされてしまったのだ。彼女のポケットの中がにわかに熱を持つ。
「審神者さまの存在が、政府が想定する歴史上において、どの程度の影響が起こりうるかを調査し、問題がないことは確認済みです」
「……あぁ、そっか……それが、そっちのやり口ってことか」
「恐れ入りますが、仰る意味が分かりかねます」
政府が定める規定さえ満たせば、審神者になること自体は簡単で、正式な人数は分からないが、資料の様子から相当数存在しているのは明らかだ。
日々、政府側でも迎撃態勢を増強している一方、歴史修正主義者側も黙ってはおらず、どうやら政府は未だに歴史修正主義者の規模を掴みきれていないようだ。
審神者の頭数を揃えるために、政府によって、歴史に害を及ぼさない人間として唯は彼らに選定されたのだ。中には進んで自ら審神者に志願した者もいるのだろうが、一体どのくらいの人間か唯と同じように意図せずに連れてこられたのだろうか。
「もう一つ。これで本当に最後です。歴史修正主義者がいなくなったら、もう私は、審神者でいる必要はないんですよね?」
「はい。間違いございません。また、相応の戦果が認められた場合、該当の本丸には政府より恩賞が授与されます」
「恩賞の内容は?」
「歴史という、最上にして崇高なるものへ貢献していただいたのです。審神者さまおよび刀剣男士にも政府として最大限のことをさせていただきます」
「……分かりました。質問は以上です。話を続けてください」
唯がこんのすけに話の続きを促したと言うことは、すなわち彼女が審神者になるという結論に至った証拠だ。
返答を聞いていた加州が、心なしかほっとした顔をしていたような気がしたのを唯は視界の端でとらえていた。
「かしこまりました。それでは、話を続けさせていただきます。審神者さまには、こちらをお渡しいたします」
こんのすけの合図に、加州が机の上に紫紺色の風呂敷包みを置いた。それが解かれると、同じ色をした一冊の本が出てきた。
本の右端が糸でくくられ閉じている。いわゆる和綴じと呼ばれる手法だ。左上に短冊状の白い和紙が張られ『刀帳』と書かれていた。
唯はこんのすけに促されるまま本を手に取り表紙を捲った。一つのページが等分割され、それぞれの上部に数字で番号が振られているが、それ以外には何も書いていない。
数ページ捲ったところで、初めて変化があった。85番の項目に加州清光と書かれていた。その下の少し広い空間には変わらず何もない。
「そちらが刀帳です。この本丸に顕現した刀剣男士は、自動的に記録されます。歴史修正主義者の討伐は刀剣男士が行いますが、刀剣を顕現する力を持つのは審神者のみです。審神者さまは当面の間、戦力となる刀剣男士の顕現に注力してください」
「刀剣男士は、政府が管理しているんでしょう。この本丸で鍛刀して顕現するのは理屈としては分かるけど、どうして敵方である歴史修正主義者が、その政府が管理しているはずの刀剣を所持しているケースも多くあるんですか?」
これは唯にとって腑に落ちない部分だった。
審神者の人数だけ本丸が存在する以上、それぞれの本丸に全く同じ刀剣男士が顕現することになる。唯の目の前にいる加州も数多の本丸に存在するのだ。
もちろん歴史上においても、複数の刀剣を分類上で一括りにする場合を除いて、加州清光を初めとした刀剣は当然ながら一振りしか存在しないため、本来は本丸のような形での運用はできない。
そこで政府は、対応策として、大元になっている原物の刀剣を管理し、そこから複製した刀剣を審神者たちへ配分することで、現在の体制を構築するに至った。
なぜ、政府の敵であるはずの歴史修正主義者が、政府が複製したはずの刀剣を所持しているのか。
そのことについては、資料のどこにも触れられていなかった。