カレイドスコーピオ

からの鞘

01.からの鞘 / 18

 書き上がった木札を袋に戻すと、不思議なことに口のところがぴったりとくっついた。指先で布の端を引いても縫い閉じたようにびくともしない。
 がそれに驚いていると、失礼いたしますという言葉とともにこんのすけと加州が部屋に入ってくる。
 加州がの手にある守り袋を見てから、やおらに手のひらを差し出す。彼女がそのまま彼にそれを手渡すと、加州は心底嬉しそうに笑った。
 これで、と加州清光との契約は完了だ。契約と言っても、一般的に良く知られている双方で書面を交わす方法ではなく、単に審神者が己の名と祝詞を与えるというどちらかというと一方的なものだが、これは刀剣男士にとって非常に重要な意味を持つ。

「これからよろしくね。主」
「こちらこそ、よろしく、お願いします」

 加州に主と呼ばれて、は、いよいよ自分が審神者としてここに収まってしまったことを実感した。
 彼らと審神者をつなぐ媒介として、の名と祝詞が使われている以上、この先、彼らがの名を口にすることは決してない。そして彼女自身もまた同様だ。
 名と祝詞を奪われれば、その刀剣男士と審神者とのつながりも絶たれるが、はたして一体どのような形で失われるかについての情報は、一切資料には書いてなかった。
 契約が解除されうる要因が判明している以上、起こりうる事態も政府はもれなく把握しているはずだ。これは意図して伏せているとしか考えられなかった。
 審神者同士で刀剣男士を奪い合うことはまずあり得ないとして、もしその渡り先が歴史修正主義者だとしたら全く話は変わってくる。そして非常に恐ろしい事態を招くであろうことは、さすがの彼女でも感じていた。
 その瞬間まで信頼を置いていた刀剣男士に対し、一転して刃を向けるかもしれないのだ。その刃を握るのは審神者自身ではないにしろ、判断を下すのは他でもない審神者であるだ。そんな結末だけは何としても避けなければならない。きっと自分はそれに耐えるだけの精神も肉体も持つことは非常に困難であるとは理解していた。

「そのお守りは、刀剣男士との契約の証としてだけではなく、歴史修正主義者との戦いの中で、刀剣男士の破壊を一度だけ防ぐことができる力もあります。今後、この本丸に顕現した刀剣男士には必ず携帯させるようにしてください。また、中の木札が著しく破損するか、袋の封を切った場合も同様にその効力が失われます。お守りを作り直す場合には、審神者さまのご氏名と祝詞が必要となりますが、祝詞は一番初めに決めたものと、一字一句まで揃えていただく必要がございますので、ご注意願います」

 が先ほど抱いた疑問は、思いのほか早く解消されることとなった。
 刀剣男士へ一度渡した祝詞は、その繋がりが切れるまでは変わらないのであれば、守り袋を作り直す必要に迫られた際に再び必要となるのは、考えてみればごく自然だ。
 この先に待つ、歴史修正主義者との戦いは、政府より文面だけで突き付けられただけであり、その具体性は彼女にとって不透明なものだ。
 実際に戦いに身を投じる立場である加州は、そうではないだろう。現にこんのすけの会話を傾聴している彼の表情は真剣そのものだ。
 そもそも歴史修正主義者との闘い以前に、彼を含めた刀剣男士たちは、歴史上において何かしらの形で存在していたものだという。
 に預けられた刀帳は、加州清光以外の項目は刀名も含めて空欄だ。中には実際に振るわれたものも多く存在するのだろう。
 審神者という現実感と、歴史修正主義者との闘いという空想感の狭間で、彼女がどことなく足がすくんでしまった気持ちでいると、見計らったかのように、こんのすけがを現実側に引き寄せるべく話の続きを切り出した。

「説明は以上です。無事、審神者さまと加州清光との契約も見届けさせていただきましたので、私はこれで失礼いたします」

 それからいくつかの説明を経て、こんのすけは去っていった。
 すると、待ってましたとばかりに加州がの顔を覗き込んだ。

「ねぇねえ、主。あの祝詞、どういう意味なの?」
「え? 私がお守りに書いた中身、加州さんにも分かっちゃうの!?」
「うん。だって、主が俺のために書いてくれたものだからね。安心してよ。俺以外には分からないから。っていうかさ。加州さんとかもうやめてよ。加州でも清光でも、川の下の子河原の子でも、主の好きに呼んでよ」
(……うわ、もうちょっと真面目に考えればよかった……え、河原の子??)

 目を丸くするをよそに、加州はわくわくした顔で答えを待っている。
 はぁと小さくため息をつくと、彼女は祝詞の意味を説明した。祝詞も口にすることは許されていないが、この本丸には二人しかいないうえ、祝詞自体を直接口にしなければ問題はないだろうと判断したためだ。

「……へぇ、うん。そっか。そうなんだ。うん、いいね。そういうの」
「良く知られてる意味とは違うんだけどね。本当に、何も考えずに思いついたまま決めてごめん」
「そんなことないよ。ちゃんと考えてくれたんじゃん」

 嬉しいと笑われてしまえば、も照れたように笑うしかなかった。

「じゃ、始めよっか。主には色々と覚えてもらわないといけないからね!」

 これから忙しくなるよと加州は笑った。

2016/08/02 Up