
まもなく唯が勢い良く立ち上がり、部屋を出ていったのを見て、加州は慌ててその後を追いかけた。
「ちょ、ちょっと待って! どこ行くの!?」
加州の問いには答えず、彼女はまっすぐに玄関へ向かっていた。
こんのすけの話をまとめると、やはりきっかけはあの鳥居らしい。
確かに、綺麗に修復された鳥居には唯自身の名前が刻まれていた。審神者になった覚えなどないが、もしもあれが契約の一つだったというのなら、もう一度この目で確かめずにはいられなかったのだ。
その他にも、気になる点がある。先ほどは途方もない恐怖を覚えた鳥居の先、下りの階段の続く場所だ。出来ることは何でもしなければ、状況は打破できない。今度こそ進んでみようと思っていた。
靴を履くのももどかしく感じながら、建物の外へと出ると足早に門へと歩みを進める。やがてそこへと辿り着くと、唯はあのくぐり戸の扉に力を込めた。
少なからず彼女が予想していたとおり、やはり扉はびくともしなかった。
「まだ、今は開かないよ」
「なら、ここには他に入口ないんですか?」
「中庭から抜けたところに一つあるけど、そこも開かないはず」
「確認してみないと分からない。教えてください」
「……こっち。靴も持ってきて」
加州はくるりと振り返り、再び来た道を戻っていく。唯も後に続くと、彼は玄関から入って今度は右手に伸びる廊下を進んでいく。
そのままいくつかの部屋の前を過ぎ、廊下の突き当りを左に曲がって進んだ終わりに、部屋の入り口が見えた。襖紙がどこかで見た気がすると唯が考えていると、叔母が眠る部屋のものと似ていることに気付いた。
加州がゆっくりと襖を開くと、唯に視線で促す。言われるままに先に入ると、十畳の広さのあるその部屋は、入ってすぐ目の前の壁側から床の間と物入れが並んでいる。右手にも襖があり、どうやら部屋が続いているようだ。中庭に面した左側の壁一面は障子になっており、文机が置いてあった。
彼が障子を開けば、あの桜の木がここからも見えた。どうやら外は縁側になっており、加州に初めて出会った時に彼が座っていた場所と繋がっているらしい。
そのまま庭先に加州は出て行ってしまい、唯も慌てて後を追った。
更に加州は、右手側の生垣に向かった。飛び石に沿って進んでいくと、やがて小さな扉へと辿り着く。
彼は内鍵を外し、唯を手招きした。加州に促されて彼女は扉を確認するが、やはりそこも開くことはなかった。
「……ほら、やっぱり開かないでしょ。一旦、中に戻ろうよ」
ねぇと促され、仕方なしに唯は先ほどの部屋まで戻ってきた。すると、文机の上に、先ほどまではなかったはずのA3封筒が置いてあった。
加州が、こんのすけが言っていた任命書を含めた書類一式だと告げる。
「まずはそれ一通り読んでよ。じゃないと、説明しても納得できないだろうし。俺、もう一度お茶淹れてくるから」
「待って」
部屋を出ていこうとする加州を唯が引き止める。彼女は、拾ったままのあの鞘を彼に差し出した。
彼が携えている深紅色の鞘とは全く似ても似つかないが、どうやらこの建物内には、彼以外はいないようだ。だとすれば、この鞘についても何か知っているかと思ったのだ。
「これ、加州さんのですか?」
「え? 俺のじゃないよ。って言うか、俺もずっと気になってたんだよね。それどこにあったの?」
「ここの玄関に落ちてました」
この建物が綺麗になる前ですけどと、唯は口に出さずに付け足した。
加州は、ひとまず鞘を受け取り、あちらこちらを見回しては首を捻った。
「鞘だけだったの?」
「えぇ、それだけ落ちてました」
「おかしいな。鞘だけ顕現するなんて聞いたことないし。鞘に銘が入っていることもあるけど、それもないから短刀の鞘ってしか分からないや。ごめんね」
そう言って加州は鞘を唯へ返してきた。彼女が受け取らずにいると、困ったように彼は眉を下げる。
「俺の鞘じゃないから、預かるわけにはいかないよ。鞘があるなら、絶対どこかに収まるはずの刀身があるはずだから、どうしてもって言うなら、俺じゃなくてこんのすけに渡してよ」
そう言って加州はいよいよ部屋を出て行ってしまう。その際、この部屋は審神者に用意された執務室であり、唯の自由にしていいことを教えられた。
一人になったところで、唯はもう部屋から出ていく気にはなれなかった。外へ出るための門は閉まっているうえ、塀を乗り越えればもしかしたら向こうへ行けるかもしれないが、まず登る術もないし、登ったところで、その先に行けるとは限らない。
加州も加州で、やはり唯には好意的であり、嘘がついているようにはどうにも思えなかった。
こんのすけは、当面の間は叔母の家には戻れないと言っていた。と言うことは、裏を返せば、条件を満たせば何かしら方法で戻る術があるとも言える。
その手段を求めて、彼女は文机に置かれたままの書類に手を伸ばした。