
封筒の中身をひとまず文机の上に出してみると、審神者の任命書の他にまず目についたのは、労働条件通知書だった。
「何これ、労働条件通知書って、審神者って職業なの!? あぁ、でも、こんのすけも就任とか言ってたし」
そのあたりの管理までもしっかりしているのかと考えながら、羅列された文書を読み進めていけば、やがて賃金の欄に辿り着く。そこに書かれていた額面に、唯は目を見張った。
今の自分の給与と比較しても、桁数からして遥かに上回っていたのだ。
更に下部にあった諸手当の欄には、審神者レベルという項目があり、現在は1と印字されていた。レベルというからには、何かしらの階級付けであるのだろう。
理解の浅い用語は飛ばしつつ読み進めていくが、今のところはごくごく一般的な労働条件通知書と相違ない。唯は次の書類に手を伸ばした。
相当な厚みのあるそれは、タイトルこそなかったが、直感的に手引書のようなものだと思った彼女は、緊張しながらそれを開いた。
予想通りそこには、審神者をはじめとした様々な説明が載っていた。食い入るようにして彼女はそれを読み込んでいく。この中に、叔母の家へ戻るための貴重な手がかりがあるかもしれないのだ。
夢中になって読んでいた唯は、加州が再び部屋へ戻ってきたことに全く気が付かなかった。控えめに文机に置かれた湯呑にはっとして顔を上げれば、彼は黙ってその隣に林檎の盛られた器も並べた。
「このすぐ隣の部屋が、近侍の部屋だから。俺そこにいるね。読み終わったら声かけて」
そう言って彼はすぐに隣の部屋に入っていってしまう。今の時点で、彼に聞きたいことは確かにいくつかあったが、やはり書類に一通り目を通してからのほうが効率がいいだろう。
ふと、視線を落とせば、林檎の器が彼女の目に入った。
食べやすいように綺麗に皮が剥かれ、一つに爪楊枝が刺さっている。それを見た瞬間に、彼女を空腹感が襲った。
欲求のまま林檎を口に運べば、心地よい歯触りとともに甘酸っぱい味が口いっぱいに広がっていく。同時に、鼻の奥がつんと熱くなった。
ここにきて、初めて緊張の糸が緩んでしまったのかと、唯は隣の部屋にいる加州に聞こえないよう、しゃくり上げそうな声を必死にこらえた。
ぽつりぽつりと、開いたままの資料の上に、染みが浮かんでいく。ただただ不安で、ただただ心細かった。このまま自分がどうなってしまうのかと考えるだけで、年甲斐もなく涙が溢れてしまうのを止められなかった。
政府が己に求める事柄は、書類を読むだけで、唯にも大体は理解出来た。
同時に、こんのすけが執拗なまでに、審神者としての勤めを果たせと念を押したのも頷ける。
だが、理解をするのと受け入れるのは全く別の話だ。少なくとも唯には、到底受け入れることなど無理だった。
そうして今、唯は加州と西日が落ちるこの部屋で対峙している。
「教えて欲しいことがあります」
「うん。俺が答えられることなら、何でも聞いてよ」
「労働条件通知書を読んで気になったんですが、審神者の任を解かれる条件はいくつかあるみたいだけど、その一つに『業務遂行能力または、能率が著しく劣ると認められた場合』とありました。具体的にどういった場合に政府にはそう判断するんですか?」
「……やっぱり、審神者になるつもりはないんだ?」
「勿論です。どうして私が審神者に選ばれたのかは分かりませんが、これを読んだらとてもじゃないけど、私なんかには出来ないと思いました。それよりも一刻も早く帰りたい」
「具体的にっていうか、そのままだよ。審神者としての務めを果たさなきゃ、当たり前だけど政府がこの人間には任せておけないってなる。そうすれば、審神者じゃなくなる。それだけ。政府もここに審神者じゃない人間をいつまでも置いたままにしないだろうから、多分帰れるよ」
審神者の任が解かれた後、自分の扱いがどのようになるのかまでの詳細は、労働条件通知書を含めてどの書類にも書かれていない。ただし、その後の本丸に関連することはいくつか明記されており、その中の『本丸の解体』という文言が彼女には引っかかっていた。
審神者によって本丸の機能が果たされているのなら、任が解かれれば、その役目も終えるのはごく自然な話だ。
ふと沸き起こった疑問が、考えるよりも先に唯の口をついて出た。
そう言って、加州は屈託なく笑った。