カレイドスコーピオ

からの鞘

01.からの鞘 / 10

「審神者就任、まずはおめでとうございます。正式な任命書につきましては、後日各種書類とともにお届けいたします」

 こんのすけが先ほど口にした『ご説明』とやらは、この言葉から始まった。
 が今置かれている状況について教えてもらうはずが、思いがけない話の切り口に彼女は狼狽える。
 確かに先の加州とのやり取りの中で、こんのすけは審神者が就任した時点で本丸しての機能が開始しているとは言っていたが、まさか、その審神者というのが自身を指しているなど、彼女は露ほども思っていなかったのだ。
 そんな様子を尻目に、こんのすけはただ恭しく頭を下げるばかりだった。

「つきましては、政府より審神者さまの初期刀として加州清光が贈られます。審神者として習熟するまでの間は、近侍としてどうぞご自由にお使いください。本丸の機能などの詳細は、のちほど加州清光よりご説明いたしますので、私からは現時点でお伝えすべき事柄のみ申し上げます。また、紹介が遅れましたが、私は管狐のこんのすけと申します。主に政府と、審神者さまとの伝達係とでもお考えいただければと存じます。以後、お見知りおきを」

 人は、己の範疇を超えた話をされた際、状況に順応してすぐさま反論に転じる人間と、一転して思考をそこで停止してしまう人間に分かれるというが、彼女の場合は、見事なまでに後者に当てはまった。
 審神者、本丸、近侍と単語一つをとっても、にとっては全く馴染みのないものだ。しいて言えば政府くらいだが、この人語を操る管狐とやらが、彼女の知る政府とどう絡んでくるのか理解しろというのが無理な話であり、大体にして、こんのすけが淡々と告げる内容には、今の彼女が一番に求めている『そもそも、なぜこのようなことになったのか』という説明からして抜けている。それともこんのすけにとっては、これは伝えるべき事柄に当てはまらないのだろうか。
 ここまで飛躍した話を突然されてしまっては、かえって一体どこから指摘をしていけばいいのかすら、咄嗟の判断が彼女にはつかなかったのだ。それでも何かしら疑問を投げかけなければ、そのままこんのすけのペースで話は続いてしまうのは必至だ。彼女は慌てて舌を動かすが、意思に反して思うように動いてくれない。やはり言葉を吐き出せずに、唇が戦慄くばかりだった。
 その時、の背後の襖が開く音が響いた。彼女が振り返れば、盆を持った加州が立っている。彼はと目があった瞬間に、話が全く進展していないことを理解したのだろう。あぁと小さく漏らしてから、彼女の前に盆に乗せたグラスを置いた。
 氷が浮かんだそれは茶色に染まっている。麦茶あたりだろうかと、は急激に喉の渇きを覚え、いただきますと加州に礼を言ってから手を伸ばした。

「最低限どころか、もう問題ないくらいに揃ってた。こういうところは、さすがに仕事が早いね」

 言いながら加州はこんのすけの隣に腰を下ろした。ちょうど向かい合わせに二対一の状態だ。だが、少なくとも加州はこんのすけより型にはまらない口ぶりを見せている。これで少しはにとって、まともな話になるかもしれないと彼女は思った。
 腰を落ち着けてすぐに、加州も自分のグラスに口を付ける。こんのすけの分は用意しなかったあたり、やはり彼はこんのすけのことを良く理解している印象を受けた。
 グラスの半分ほど一息に飲み干せば、幾分かは彼女の気持ちは落ち着いた。それを見計らったかのように、こんのすけが口を開く。

「では、本題に入らせていただきます。この先、不明点がございましたら、ご質問くださいますようお願いいたします。まずは、この場所についてですが、今後の審神者さまと刀剣男士の拠点となります。共通して『本丸』と総称しております。先ほども申し上げたとおり、審神者さまが就任された時点より、政府から必要なものは一通り支給させていただきました。必要なものがあれば別途私を通してご申請ください。精査のうえ必要と認められれば、随時支給いたします。続いて、審神者と刀剣男士についてですが、現時点では最低限の事項のみご理解いただければと思います。審神者の呼びかけにより顕現した、加州清光をはじめとしたもの達を、総じて刀剣男士と呼びます。政府が審神者に求めることはいくつかございますが、まずこの本丸上において審神者さまがすべき最大の役割は、刀剣男士の指導と統率であるとお考えください。本丸、審神者、刀剣男士については以上です。ここまででご質問はございますか」
「ま、待って、ください。全然、意味が分かりません。そもそも私が知りたいのは、審神者の役割がどうこうというそんな話じゃなくて、何で自分がこんなところにいるのか、どうやったら元の叔母の家に帰れるかってことです。それに、こんのすけさんの話では、私がその審神者っていうものに就任したというのが前提になっていますが、そもそも私、そんなものになった覚えがありませんが……」

 喉の渇きが癒えたからか、それとも素性は知れないが、同じ人である加州が近くにいるからだろうか。先ほどとは異なり、の口からすんなりと言葉が転がり落ちる。
 こんのすけは間髪入れずに答えた。

「私のことは、こんのすけで結構です。また、恐縮ですが、審神者さまが仰せになる『元の叔母の家』には、当面の間はお戻りいただけません」

2016/06/05 Up