
三十分ほどかけてスコールリーフを採取したあと、キノとアリシアはログハウスへと戻った。
帰り道で、ぬかるみが深くなっていた場所にエルメスの車輪がとられ、車輪の半分ほどが泥に浸かるというアクシデントに見舞われたが、キノは文句の言うエルメスを無視した。
入り口でキノが泥を落としている間、アリシアは彼のために茶の準備と並行して、集めたばかりの葉や実の加工を始めていた。
室内に戻り、手際良く進める彼女の作業の様子を眺めながら、キノは再び浮かんだ疑問を結局は茶と共に流し込んだ。
アリシアは葉、茎、花、実とそれぞれにより分け、葉と茎は水洗いした後に寸胴鍋へ、実は半分に切った状態でざるに乗せられた。花は蒸留し精油にすることも出来るのだが、相当の量の花を必要とし、二籠程度では到底足りなかった。
実を並べたざるを今度は彼女は窓際へと運んでいく。スコールが終わった後は快晴が続くため、その時に一週間かけて乾燥させるらしい。
それから鍋を火にかけると、しばらくして草木特有の青臭さが辺りに広がった。
「その実はどうするんですか?」
キノが小さな籠に盛られた、手つかずの赤い実を指差して尋ねた。
乾燥用のざるには、赤と黄色の実が順番に並んでいるが、まだまだ余裕があった。
「こちらは更に追熟して種を採る予定ですわ。と言っても、これだけあってもせいぜい一つか二つ程度の種しか採れないのだけれど」
「ふーん。だったらわざわざそんなことしないで、自然に種になってから取れば良いんじゃないの?」
「エルメスさんの仰る通りですわ。ですが、スコールリーフの種はとてもデリケートなんですの。地面に触れた瞬間に発芽して根を張ってしまいます。そのあとは一度でも根を土から出してしまうと、直ぐに腐ってしまうんですわ。花にガーゼを被せたりと他にも色々試してもみたんですがどれも上手くいかなくて。今のところこの方法が確実に種を採取出来る方法なんですの」
「あーだから、いちいち鎌で切っていたんだ」
「えぇ。種は万が一の時のために少しずつ貯めておりますの」
そう言って彼女は赤い実をそっと撫でた。その瞳は、まるで愛しいものを見るように優しいものだった。
雨は飽きることなく降り続いている。
昨晩のような激しさほどではないものの、時折雨足に強弱がつく。まるで森の全てを洗い流すその勢いも明日で終わる。
彼女の話によれば、この森はむしろスコール時以外は滅多に雨が降らないらしい。ただし、木の梢が高く密集していることから、どうしても少なからず鬱蒼とした印象を受けてしまう。動物達で溢れた森もキノに観てもらいたかったと、アリシアは夕食時に残念そうに呟いた。
屋根を一際大きな雨粒が叩いた瞬間、眠っていたはずのキノは、瞳を静かに開いた。
昨晩と同じように慎重な足取りで階段へと向かい階下の様子を窺う。そこに人の気配が全くないことを感じ取ると、彼は緊張を解いて階段を降りていった。
部屋は薄暗く、暖炉の火は消え相当の時間が経過していることを教えた。彼女が眠っていたであろうベッド代わりに倒していたソファーにかけられた毛布は抜け殻だった。
キノがそれに触れてみると、そこもとうにぬくもりは失われていた。
「……キノ?」
「しっ」
寝ぼけ声のエルメスがふいに声を上げる。
キノがすぐに制すると、彼は不服そうに唸った。
「何だよぉ。起こしたのはキノなのに」
「ごめんごめん。アリシアさんがどこに行ったか知ってるかい?」
「んー? 知らないや」
「そうか。おやすみ、エルメス」
「ん。おやすみ。キノ」
すぐにエルメスの寝息が響き渡る。キノはそれを確認してから、手持ちのランプに明かりを灯し、今度はキッチンへと移動した。
リビングと動揺にそこも整然としており、調理棚には小瓶に入った様々なスパイスが並んでいる。
ひとしきり眺めたあと、キノは棚の扉の一つを開き中身をランプで照らした。収められていたのは、主に真新しい調理器具と、箱に入った未開封の小麦粉や調味料だった。
キノは調味料の一つを手に取りしばし眺めると、元の位置に戻し扉を閉めた。それから、今度はキッチンの奥の方に目を向けた。
そこには、硝子を嵌め殺した小さな扉があり、どうやらそこからもスコールリーフの群生する場所へのけもの道へと繋がっているようだ。更にその近くにもう一つ木製の扉がある。こちらは物置なのだろう。
彼は木製の扉に手をかけたが、がたがたと微かに動くばかりで開く様子はない。良く見れば小さな南京錠がかけてあり、キノはそれ以上を諦めた。
リビングへと戻り、キノは玄関の横にあるコート掛けを見た。そこにはキノが使っていた分のレインコートしかぶら下がっていなかった。
(こんな時間に彼女は外へ?)
キノはレインコートに手を伸ばし、それを羽織ると扉を開く。
視界に広がる雨は、今は大分弱まっていた。