カレイドスコーピオ

キノの旅

魔女の森 -She is a witch- / 6

 アリシアの言う通り、二日目のスコールは昨日の比ではないほどに激しさを増していた。絶え間なく叩きつける雨は、まるで銀糸を紡いでいるかのようだ。
 いつもと同じく夜明けと共に起き出したキノは、習慣となっているパースエイダーの掃除と抜き打ちの練習のあと、彼女がそうしていたように仕掛け窓から外の様子をじっと眺めていた。
 森にはやはり獣の姿はなかった。そんな中で、このログハウスだけがはっきりと息づいている。それはどこか奇妙な感覚だった。
 やがて彼が階下に降りると、テーブルの上には既に朝食の準備が進められていた。キノの視線がそこへと釘付けになる。
 プレートの上には綺麗な焼き色のついたトーストが二枚。隣にはスクランブルエッグとベーコンが盛られてある。中央に置かれた小ぶりのボウルには、サラダと茹でたじゃがいもがそれぞれ並んでいた。

「キノさん、おはようございます。昨晩は特に雨音が響いていたかと思いますが、大丈夫でしたか?」
「おはようございます。えぇ、大丈夫です。野宿にならなくて本当に良かったと思いました」
「それは良かった。もう少しで朝食が出来ますわ。どうぞお掛けになって」

 キッチンの奥から、焼き上がったばかりのバケットが入ったバスケットを抱えたアリシアが姿を見せる。香ばしいその香りは、彼の食欲をより誘った。
 彼女はバスケットと共にバターとジャムの瓶を添えると、一端キッチンに戻っていく。それから今度はコンソメスープの入ったカップを持ってきた。こうして十分過ぎるほどの朝食が整った。

「キノさんのお口に合えば良いのですが」
「どれもとても美味しそうです」

 アリシアに勧められるままキノは満足するまで朝食を終えると、二人は食後のコーヒーで胃を休めてから、スコールリーフが咲く場所へと向かうべく最低限の手荷物を確認してレインコートを羽織った。
 レインコートと言ってもその質感はビニールとは程遠く、どちらかというと木綿に近い手触りだ。

「ちょっとぉ。二人とも、僕のこと忘れないでよ」
「エルメス、やっぱり留守番していたらどうだい? 昨日よりもずっと雨も強くなっているみたいだ。泥だらけにもなりたくないだろう」
「えーそんなの嫌だよ。ここに置いてきぼりで雨の単調な音を聴いている方がずっと退屈さ」

 むくれたようなエルメスの声に、キノはそれ以上の説得を諦めた。

 レインコート越しに肌へ叩きつける雨は、予想以上に強いものだが驚くほどに冷たさは感じない。彼女の言った通りだと、キノは内心驚いていた。
 スコールリーフが群生する場所は、ログハウスの裏手から伸びるけもの道を抜けた先にあるらしい。当然ながらキノが辿ったことのない道だ。アリシアの案内なしには間違いなく迷ってしまうのは明らかだった。
 彼女から道順について説明を受けた時に、キノの頭の隅を小さな疑問を駆け抜けたが、彼はひとまずそれを保留にしてエルメスと共に道なき道を進むことにした。
 緩やかな勾配は雨でぬかるんでいるために滑りやすい。アリシアからエルメスにとスパイクを借りなかったら、エルメスの意見を無視してでも、彼を近くの木陰に置いていったのだろう。
 それから五分ほど歩みを進めると、やがて唐突に道が開けた。
 おおよそ十メートルほどの円状のその広場は、膝上ほどのの草で埋め尽くされている。そのどれもに昨晩彼女から見せてもらった小さな白い花が鈴なりにぶら下がっていた。雨に混じって、言い知れぬ甘い香りが辺りには漂っている。
 キノは足元に咲いていたスコールリーフの花の一つを指で摘み上げた。花弁から覗いた実が、雫に濡れて光っている。
 その実の色はとても深い赤色をしていた。

「とても綺麗な赤色でしょう?」
「はい。ですが、確か実の色は黄色でしたよね?」
「えぇ。普通の実は黄色ですが、スコールの二日目の実だけは、稀にそのような色になることがあるんですの。薬効も増しますから、見つけたら優先的に摘んでくださいね」
「分かりました。気を付けます」

 狭い中に群生しているだけあって、目的のものを集めるのは比較的容易だった。キノは鎌を使い茎を刈り取っていく。

「あぁキノさん。それは駄目ですわ」

 ある花へと手を伸ばしたキノの手をアリシアが慌てて引き止める。
 そうして、彼女はそのままそれ花ごと引き抜いてしまった。

「スコールリーフにとても良く似ていますがこれは偽物。この実には毒がありますの。知らずに口にすれば、量によっては命も落としかねませんわ。最近は滅多に見ることがなかったものですから、わたくしもすっかり失念しておりましたわ。葉の形と花びらの数で簡単に見分けがつきますから、もし見かけたら、こうして根ごと引き抜いてくださいね」
「抜いた後はとうすれば?」
「その辺りに捨ててしまって構いませんわ。人にとっては毒でも、植物にとってはそうとも限りませんもの」

 そう話す彼女の手元から花が滑り落ちていく。
 キノは黙って頷くと、眼前に広がる花の群れに視線を落とした。

2015/06/30 Up