カレイドスコーピオ

キノの旅

魔女の森 -She is a witch- / 4

 雨足は強くなったり弱くなったりと、先程から落ち着きがない。
 こつこつと窓に叩きつけられる雨粒に、いよいよ風も混ざり始めたのかとキノは理解した。

「そうだわ。もしキノさんさえ宜しければ、明日、わたくしとスコールリーフを一緒に採りに行きませんか? 二日目のスコールリーフは、一番薬効が高くて貴重なんですの」

 名案を思い付いたとでも言うように手を打ち鳴らしたアリシアに、キノはほんの少しだけシチューを乗せたスプーンを止めると一旦皿へと戻した。
 それから窓へと視線を向ける。カーテン越しから響く音は僅かに強くなっていた。

「そうですね。僕もすごく興味があります。是非ご一緒させて下さい。だけど、エルメスの方は……」
「雨も嫌だけど、ここで一人で留守番なんてもっと嫌だよ」
「だ、そうです。エルメスが一緒でも大丈夫ですか?」
「えぇ。けもの道のような場所は多少通りますが、エルメスさんが通れないほどではないはずですわ」
「あー、でもさぁ」

 エルメスがわざとらしいような弾んだ声でアリシアに尋ねた。

「スコールに当たってると、その内死んじゃうんでしょ? キノに死なれたら僕としてはすごく困るんだよなぁ。そうしたらアリシアが代わりに動かしてくれるなら話は別だけどね。ねぇ、気になってたんだけど、どうしてアリシアは平気なのさ? やっぱり魔女だから特別なの?」
「あぁ、それにはちょっとした秘密がありますの。詳しくはお夕食が終わってからゆっくりお話いたしますわ。キノさん。おかわりはいかが?」
「いただきます」

 そう言ってキノが差し出したシチュー皿をアリシアは嬉しそうに受け取った。

 夕食が終わり、テーブルの上には二客のティーセットが置かれていた。
 今度は先ほどとは異なり、オレンジ色に近い色をした柑橘系の香りのする紅茶が注がれている。
 そして、更にテーブルの中央には、外で彼女が身につけていたレインコートと傘も並んでいた。

「どう見ても、ただのレインコートと傘にしか見えないけど」

 エルメスがそうぼやけば、アリシアは軽く笑って更に一掴みのスコールリーフの茎を並べた。

「スコールリーフの使い道は実だけじゃありませんの。葉は乾燥させてお香にすれば爽やかな香りが出ますし、葉と茎を乾燥させずに煮出せば、布を綺麗な深緑色に染めることもできますわ。レインコートも傘もスコールリーフからとった色素で仕上げましたの。こうすることで、スコールであっても良く水を弾いてくれるようになるんです。こちらはキノさんがお使いくださいね。少し丈が長いかもしれませんが」
「ありがとうございます……余計なお世話かもしれませんが、もし、スコールリーフの存在を外の人が知っていれば、この森の評判も変わりませんか?」

 レインコートを受け取ったキノがそう零すと、アリシアは困ったように眉を下げて短く息を吐いた。

「スコールリーフの葉と茎は、半日も経てば茶色に変色してしまってお香以外には使えなくなってしまうんですわ。効力もそう長く続きませんから、毎月染め直しが必要ですの。仮に森の外へ持ち出したとしても、こんなに手間がかかってしまうのではあまり意味がありませんわ。それに、こう言ってしまっては酷い話だと思いますが、薬としてではなくスコールリーフの存在そのものが広まれば広まるほど、この森は本当の意味で死の森になってしまうかもしれません。わたくしにとって、それはとても悲しいことですわ」

 アリシアの話を聞き終えたキノは静かに頷いた。

「それもそうですね。軽々しくすみません」
「いえ、キノさんの仰ることも当然ですもの」
「ねぇ、キノはそのレインコートがあるからいいけど、僕はいつものカバーであの雨を耐え忍ぶしかないんでしょ」
「あ、いえ。エルメスさんの分もちゃんとありますから大丈夫ですわ」

 アリシアが立ち上がり、キッチンのある方へと消えていく。
 少ししてから戻ってきた彼女の両手には、溢れるほどの緑色の布がぶら下がっていた。

「多分これなら十分エルメスさんも包めると思います。といってもスコールの影響を受けるのは、人や動物だけですが」

 キノと協力してアリシアは布を広げると、そのままエルメスに被せていく。
 確かに彼女の言う通りにそれは十分に本体を覆うことができた。ちょうどヘッドライトの辺りが、透明なビニールに切り替わっている。

「少し窮屈なところもあるけど、まぁまぁ良い感じ」
「それは良かったな。エルメス」
「うん……えぇえ!?」

 不満げな声ごと閉じ込めるように、そのビニール部分をキノはさきほど受け取ったばかりのレインコートで覆った。
 すぐさまエルメスは強く抗議し、アリシアが慌ててそれをどけるためにと手を伸ばせば、キノがやんわりと制した。

「そのままで良いです。その方がずっと静かだ」
「ちょっとぉ! 酷いよーキノ。あ、でも本当に真っ暗でこれならよく眠れそう」

 言うが早いかエルメスが沈黙したのを見て、キノとアリシアは互いに顔を見合わせると小さく笑いあった。

2015/06/30 Up