
アルミンの誘導のもと、三人は本部が置かれている後衛壁を目指していた。
先程、後方に出現した巨人討伐のために離脱したミカサは、まだ姿を見せていない。
「もう少しだから頑張って」
そうアリシアに呼びかけるアルミンの額には僅かに汗がにじんでいる。
間違いなく自分は彼らにとって負担以外の何物でもないと言葉の一つも発せずにいると、心配げにアルミンが顔を覗き込んでくる。結局彼女は静かに頷くほかなかった。
「アルミン、やばい」
振り向いたエレンの顔が緊張に染められていた。
彼の視界の先には、一体の巨人の姿があった。周囲に交戦中の兵の姿もなく、その巨人は三人の姿を視認するや否や真っ直ぐに向かってくる。その動きは、これまでの巨人よりずっと俊敏なように感じられた。
立体機動装置の動力を総稼働すれば彼らとの戦闘は避けられるだろうが、少なくとも今のアルミンにはそれが不可能だ。
「これ以上迂回したら、逆に障害物の少ない場所に出てしまう。一旦戻って、いや、駄目だ。後ろにも一体いる」
一旦屋根の上に降りたったアルミンは、抱えていたアリシアを降ろした。それからエレンと視線を交わすと互いに無言のまま頷き合う。
エレンの足が、近くの出窓の硝子を蹴破って鍵を空けた。そんな彼の突然の行動に、アリシアが訳が分からないでいると、アルミンが彼女の手を引き室内に入るよう促す。
「君はこの中で隠れていて。外で物音がしても絶対に出てきちゃ駄目だ。もし万が一、三十分くらいしても僕たちが戻ってこなかった時はこれを使って。信号弾が入ってる。これを見れば、ここに人がまだ残ってるって他の仲間に知らせられるから、きっと君のことを誰かが助けに来てくれる」
「だったら、今これを……」
「言ったはずだよ。君は僕たちが助ける。絶対に」
どうして彼らはそこまでしてくれるのかとアリシアが投げかける前に、アルミンにしっかりと銃を握らされて、彼女は押し込まれるように室内へと追いやられた。
そして二人は巨人へと向かって飛び去っていく。
「……何で? どうしてこんなことに? 嫌だ。こんなの、もう嫌だ」
再び一人きりになったアリシアは、銃を握り締めたまま、その場に蹲った。
「前の方を倒そう。僕が囮になって巨人の気を引く。エレンがやってくれ」
「分かった。けど、アルミン、ガスの残りは大丈夫なのか?」
エレンの問いにアルミンは曖昧に笑って見せた。
二人分の荷重が常にかかっている彼の立体機動装置は、機動力だけではなく、その原動力となるガスの消耗もエレンやミカサに比べるとずっと激しいはずだ。
それはアルミン自身が良く分かっている。エレンは彼の反応を見て、僅かに眉を寄せるだけに留めた。
「後ろの一体はまだ僕らの存在に気付いていないみたいだ。あの巨人さえ倒せば、もうすぐ本部に辿り着ける。ここが山場だよ」
二人は分かれると、まずアルミンが巨人の前を距離を取って飛び抜ける。
宙を彷徨っていた巨人の目が、ぐるんと勢い良く彼の向けられ、素早く腕が振り上げられる。予想以上の反応に、アルミンは更なる距離を取るべくアンカーを壁へと狙い定めた。
巨人の背後からその首筋に向けてエレンのアンカーが突き立てられる。彼はそのままがうなじを目指して切りかかった。打ち合わせ通りの絶好のタイミングだったが、次の瞬間、巨人がもう片方の手を振り回し、その指先がエレンのワイヤーへ引っかかった。その反動で、しっかりと沈んでいたはずのアンカーが巨人から外れてしまう。エレンの身体は完全にコントロールを失っていた。
「エレン!!」
アルミンが叫んだ時には、エレンの姿は向かい側の建物の窓を突き破り室内へ消えていた。
予想を遥かに超える巨人の身体能力に、アルミンは焦りながらエレンが飛び込んだ場所へと向かおうとしたが、巨人の身体がその進路の邪魔をする。
一方のエレンは、室内に放り込まれた先に偶然にもソファーがあったため、幸いにも身体や立体機動装置に致命的な影響こそ負わずにすんでいた。
彼がその場で呻き身を捩ると、飛びかけた意識が覚醒する。はっとして身体を起こしたエレンは、ぐらぐらと揺らめく頭を押さえながら窓の側に寄った。目に飛び込んできた光景は、向かい側の屋根の上にぐったりと横たわるアルミンと、彼に向けてまさに腕を振り下ろさんとする巨人の姿だった。
「しっかりしろ!! アルミン!! くそっ!!」
ありったけの声を振り絞るが、アルミンは動かない。
救援に向かうべく窓枠へと足をかけたエレンだったが、衝撃の名残か未だに眩暈のようなふらつきに襲われ彼は頭を軽く振る。それでも無理矢理身体を窓から乗り出し立体機動に移ろうとした時だった。
エレンの目の前を一つの影が通り過ぎた。それは一つの壁を経由して巨人の背後に近づくと、あっという間にそのうなじを削り取る。
「……ミ、カサ」
「大丈夫? アルミン。遅くなってごめん」
ミカサの手を借りてゆっくりと身体を起こしたアルミンが、エレンのいる方向を指し示せば、エレンが窓枠に寄りかかったまま手を振った。硬い表情を張り付けていたミカサがようやく安堵したように息をつく。
「アリシアはどこ?」
「そこの中に隠れてもらってる」
「分かった。私が行ってくる。アルミンたちはすぐに動けるよう準備をしてて」
アルミンが頷くのを確認すると、ミカサはアリシアがいる場所へと駆け出した。