カレイドスコーピオ

進撃の巨人

燭火 / 10

 幸いにもアルミンの立体機動装置にも目立った損傷はなく、今度は彼と交代してエレンがアリシアの身体を支えて四人は進んでいた。
 彼らの目にもはっきりと映るくらいの距離に本部が見え、周囲には駐屯兵団兵の姿もあった。さすがにまだここまで巨人の侵入は許していないようで、この様子なら問題なく辿りつくことが出来そうだった。

「エレンさんたちの仕事はこれで終わりなんですか?」
「いや、色々補充したらまたすぐに戻ると思う」
「!」

 数体の巨人との戦闘でほぼ満身創痍に近い状態に陥ってしまったのに、彼らはまた再びこの惨状に戻ろうというのかと、酷く驚いたようにアリシアはエレンを見上げる。
 それにそもそも彼らはと、彼女は自分の羽織るジャケットに今度は視線を落とした。
 見透かしたようにエレンの言葉が降りかかる。

「確かに俺たちは、まだどの兵団にも所属はしてないけど、訓練兵団としては昨日卒業した。だから皆、自分がいち兵士だってこと自覚してる」
「そう、なんですか……エレンさんはもう希望を決めてるの?」
「調査兵団。俺だけじゃない、ミカサもアルミンも」

 調査兵団と彼女は鸚鵡返しに繰り返し呟く。
 それがどれほど過酷を究める兵団であるかについては、民間人ですら周知のことだった。だからこそ、エレンの発言に表情を曇らせたアリシアだったが、ふと思い出したように彼女は顔を上げた。

「エレンさんが巨人から助けてくれた時、あなたを見て本当はすごく懐かしい気持ちになったの」
「懐かしい?」
「うん。もう八年も前かな。エレンさんと同じように訓練兵団から憲兵団に進んだ人がいるの。憲兵団って言っても五年前に憲兵団に入団したって短い手紙が来たきりだけど、元気でいてくれてさえいれば嬉しい。エレンさんって、ミカサさんとアルミンさんと幼馴染なんでしょ。どんな時も、こうやって危険な時だったとしても、一緒にいれるなんて、不謹慎だけどすごく羨ましい……私も追い掛ければ良かったかな」

 ミカサとアルミンが、二人に向かって僅かに振り返った。同じタイミングでエレンの彼女の抱く腕にも力が籠もる。
 一瞬、新たな巨人の存在を彼らが見つけたのかと思ってアリシアは息を飲んだが、どうやらそうではないらしい。
 彼女は不思議そうに首を傾げた。

 四人が本部に戻ると、アリシアはすぐに女性の救護班の兵士に引き渡された。
 少し離れた場所では、アルミンが上官と思われる兵士へ何やら報告をしている姿が見える。内容は勿論彼女には聞こえないが、互いの表情は終始険しいままだった。
 エレンとミカサは、既に次の出撃のための準備を始めている。治療を受けながら刃とガスの補充、立体機動装置の状態を確認しているその姿と眼光は、やはり自分と近しい年齢のそれではなかった。途端に彼らとの途方もない距離に彼女は足の竦む思いに苛まれる。
 それでも、ここで彼らとは別れてしまえば、もう今後会うこともないかもしれない。そう思った瞬間、彼女は思わず救護兵の手を振り切って駆け出していた。

「ありがとう。本当にありがとう!」

 アリシアに気付いた三人は、一旦手を止めて顔を上げた。そして、彼女に向かって敬礼をする。
 思わず込み上げるものを抑えんで頭を下げれば、エレンが近くに歩み寄ってきた。
 彼は真剣な顔で彼女の目を見つめて尋ねた。

「なぁ。さっき言ってたその憲兵団兵の名前って何て言うんだ?」
「リオン・トライバル。私の兄なの。もしかしてエレンさん、リオンのこと知ってるの?」

 エレンの瞳が僅かに揺れるのを見た彼女の頭に、本部に着く間近に三人が見せたあの反応が過ぎる。沸々とわき上がる不安感の答えを彼に求めて唇を震わせれば、おもむろに彼はアリシアの手に小さな布袋を握らせた。重さは殆ど感じられないが、中に何か固いものが入っている。

「あの人から預かった」

 そう短く一言告げると、彼は二人の元へと戻っていく。ミカサもアルミンもエレンとそっくり同じような瞳を彼女に注いでいた。
 アリシアの微かに震える指先が袋の口を解く。手の平に転がり落ちてきた黒ずみ血で汚れたそれは、八年前に彼が家を出る時に鮮烈に焼き付いていたものだ。
 薄汚れてはいたものの、太陽の光を借りて反射した光が彼女の瞳に残光を残す。揺らめく炎が彼女の視界を覆った。

アリシアに渡せて良かった。今は無理だけど、全部、何もかもが終わったらちゃんと話をさせて欲しい」

 重ねられたエレンの言葉を聞きながら、アリシアは祈るように手を重ねてそれを強く握り締めると何度も頷いた。

「退避された区民の方は、向こうで手当てを受けて下さい」

 救護兵の呼びかけに後衛壁へと向かってアリシアは歩き始める。
 そうして後衛壁のすぐ近くまで来た時、フィンの回転する音が彼女の鼓膜を叩いた。幾つものその音は、まるで彼らの巨人に対する唸声のようだ。
 その中にはエレンたちも含まれているのかもしれない。それでも彼女はもう振り返らなかった。

(どうか、どうか御無事で)

 彼女が、急遽編成されることとなった訓練兵団の入隊を志願したのは、それからすぐのことである。

2013/08/19 Up