
「さすがミカサだ。ありがとう、僕のタイミングにちゃんと合わせてくれて」
「そんなことない。アルミンの案がなければ、私はただ巨人を闇雲に切り伏せていた」
ミカサ、アルミン。
命の恩人である二人の名前を彼女は刻み込む。歳もそう違わないであろう彼らが、臆することもなく果敢に巨人と対峙する様子に、少女は途方もない衝撃を受けていた。
そして彼女はちらりと背後へと視線を向ける。
「ミカサ。お前、これで残りの刃は二枚だろ? 俺のやるから補充しとけ」
「でも……」
「お前が戦えない方が大問題だっつーの」
そう言って彼は、身体を引こうとするミカサのケースも強引に手をかけると、自分のケースから取り出した刃を差し入れようとした。
「エレン!!」
三人目の彼の名前はエレンと言うのかと、また一つ少女は胸に名前を刻みつける。
二人のやり取りに始めこそ苦笑を浮かべていたアルミンが、慌てたように声を上げた。
「エレン、ミカサ。まずはこの人を安全なところに案内するのが先だよ。ミカサ、今度は僕が彼女をサポートするから刃は僕のを使ってくれ。ミカサが前衛でエレンが後衛をカバーしながら、巨人との戦闘は極力避けて本部に戻ろう」
巨人の気配は、彼らからそう遠くないところにある。その一体一体を相手にするほど、刃も立体機動装置に装填されているガスにも余裕はない。
アルミンは少女が致命的な怪我をしていないことを確認しながら、物音が響く度に彼女が過敏な反応を見せる様子を見て、早めにここを離れるべきだとそっとエレンに耳打ちした。
「だい、じょうぶです。本当にありがとうございました。皆さんが来て下さらなければ、私はあのまま巨人に食べられてました」
「あなた、名前は?」
突然のミカサの質問に、一瞬少女はきょとんとした顔で彼女を見返す。
先程も気にはなっていたが、濡れ羽色の髪と瞳というのをアリシアは初めて見た。吸い込まれそうなミカサの瞳に彼女は思わず息を飲んだ。
「あ、えっと。アリシアです」
「……そう。アリシア。安心するのはまだ早い。でも、私たちがついてるから、あなたは何も心配はいらない」
そう目を細めて話すミカサは、周囲を見渡してから即座に状況を判断し、アルミンと簡単に今後の動きを打ち合わせる。
それからすぐに三人は立体機動に移った。
先程は一瞬だったが、これから幾度も先程と同じような浮遊感を味わうのかと、アルミンののジャケットを借り羽織った少女は無意識に身体を震わせる。
「僕も出来るだけ気を付けて飛ぶつもりだけど、巨人のすぐ近くを通り抜けることもあるかもしれない。怖いと思ったら目をしっかり瞑ってて」
彼女が頷くのを合図に、フィンが回転する音が辺りには響き渡った。
風を切って飛ぶ鳥は、いつもこんな感覚を味わっているのだろうか。
冷たい空気がアリシアの頬を叩き、顔を上げていては呼吸することすらままならない。アルミンから身体が離れないように気を付けていたが、彼が止む無く体制を変える度にその手に力が籠もった。
立体機動装置はちょうど腰のあたりに取り付けるという構造上、アルミンは彼女を背負うわけにもいかず、アリシアはこうして抱きかかえる形で彼に支えられている。
補助として互いの身体をベルトで一応は繋いではいるが、彼の左手は彼女の背に添えられており、実質、右腕一本をメインとし立体機動装置を操っている状態だった。
立体機動装置を操るには、ただでさえバランス感覚が最も重要視される。二人分の荷重がかかっている以上、普段通りのペース進むのは勿論、アルミンが巨人と戦闘など出来るはずもない。
だからこそ、前後を挟んでいるミカサとエレンは、アルミンの様子を常に注視しながら、巨人との戦闘が避けられるルートを選んで進んでいた。
「アルミン! 後ろから十メートル級が一体、俺達に気付いて追ってきてるみたいだ。どうする?」
「他の巨人に囲まれるかもしれない。ここで戦うのは危険過ぎるよ。ミカサ。このまま中央は抜けられそう?」
「無理。恐らく十五メートル級が三体いる。誰かが交戦はしてるみたいだけど、こっちに気付かれたら厳しい」
「そうか。遠回りになるけど、このまま北側から迂回して行こう。後ろの巨人は……」
「私がやる。エレン、場所変わって」
戦闘止む無しと判断したのか、アルミンは異を唱えず、エレンとミカサは素早く入れ替わった。
そして、そのままミカサだけがその場に留まる。
「ミカサさん!」
「ミカサなら大丈夫だ」
前方を見据え、振り返らないままエレンが叫ぶ。アルミンも同じように続けた。
信頼してるからこその言葉にアリシアもそれ以上何も言わなかった。アルミンの肩越しにかろうじて見えたのは、巨人に向かっていくミカサの後姿だった。
(皆、私と同じくらいなのに、巨人に立ち向かっていくなんて。すごい……)
刃を抜いたミカサの姿があっという間に小さくなっていく。
「アリシア。俺たちが絶対にお前を安全な場所まで連れてってやる」
先導するエレンが、振り向いてそう口にした。
アリシアも今はもう瞳を閉じることなくしっかりと顔を上げて、彼の顔を見つめると強く頷いた。