
調査兵団に入隊し、全ての巨人を駆逐するまでは絶対に死ねない。
グリップを握る手に更に力が込められる。エレンは自身の心音がすぐ耳元で喧しく響くのを感じながら、強く強くそう思っていた。
一番最初こそ現実を突きつけられたことで動揺はしたが、今は不思議と心臓は穏やかにその鐘を打ち鳴らし続けている。
一方のアルミン・アルレルトは、今もなお酷く狼狽しているようで、彼なりに必死に耐えているもののその顔は蒼白だ。
「なぁ、キツイならお前は休んでて良いんだぞ」
「大丈夫だよ。エレン。ただ、想像していた以上に実際はずっと酷くて……」
西地区に着いた時には、既に確認出来るだけで四体の巨人がいた。
区の中でも比較的奥側にある場所であるのにも関わらず巨人がここまで来ているということは、先陣を切った先輩たちに深刻なダメージがあったとしか考えられない。
全滅したのかもしれない。
ここで自分も死ぬのかもしれない。
前衛で巨人に切り込んでいる二人の後姿を眺めていると、ふとそんな最悪な展開がアルミンの脳裏に鮮やかに浮かび上がる。
そして、そんな彼に更に追い打ちをかけたのは、至る所に打ち捨てられた人々の成れの果てを見つけた時だった。
その殆どが区民だったが、中に恐らくは駐屯兵団かと思われるものもあった。恐らくと表現したのは、二人の視界に映ったのが、駐屯兵団の薔薇のエンブレムがかろうじてぶら下がった人の身体の一部だったためだ。
エレンとアルミンに課せられた役割は、リオンとミカサが巨人を掃討している間にこの西地区に残る区民の捜索と救出だった。
捜索と言えども直接地面を歩くことは危険行為であり、二人は立体機動装置を駆使してリオンたちから離れ過ぎないように注意しながら周囲に目を光らせていた。
「エレン! 待って!」
「アルミン?」
「人だ! 人がいるんだ!!」
「あ、おい。待てって!」
通りをすり抜けながら、路地を注視していたアルミンがそう叫んで、突然進行方向を変えた。
彼の瞳が捕えたのは、壁から二人の方を覗き見ている一人の男の姿だった。その表情は恐怖に怯え歪んでいる。このような状況下ではそれも無理はないだろう。
躊躇なく地面に降り立ったアルミンは、その人影に向かって走り寄りながら叫んだ。
「もう、大丈夫ですよ。安全なところに誘導します。さぁ、早くここから避難し……っ!!」
ぎくりとアルミンの身体が強張る。伸ばしかけた手が宙をあてどなく掴んだ。
ぐらりと男の身体が揺らいだかと思うと、壁に隠れていた右半身が二人の前に露わになる。そのままそれは石畳の上へと崩れ落ちた。
彼には、本来あるべきはずの彼の左半身がなかった。抉られ、血に濡れた肉はまだ乾いていない。それは、彼が巨人に喰われてからまだ間もない事を知らせた。
もしかすると、彼の失われた半身は今、リオンたちの戦っている巨人かあるいは、残骸として燻っている巨人の腹の中にあるのだろうか。
嗚咽に口元を覆ったアルミンの視線が、ゆっくりと彼の背後の方へと移動する。そこには、巨人による”食べこぼし”が数えきれないほど転がっていた。
そのどれもが、頭部だけは髪の毛に至ってまで傷がつけられておらず綺麗に残っていた。子供から成人まで死の瞬間の表情を深く刻んだ様々な首が、もはや本人の物かすら分からない肉片と血だまりに沈んでいる。
「アルミン! 単独行動はマジ止めろって……っ!!」
ようやく追いついたエレンも目の前の光景に思わず言葉を失う。
そんな彼らの背後で、また一体の巨人がリオンたちによって倒された。
「キリがないな」
「そうですね」
周囲の巨人を倒し終えた二人は、それでも前衛壁から迫り来る新たな巨人たちの姿を見て呟いた。
リオンは四体、ミカサは三体倒したところで、それぞれ既に二枚の刃が使い物にならなくなっていた。
「この様子だと、これ以上ここにはいられないな。ミカサ。エレンとアルミンと合流して、一旦本部に戻るぞ」
彼の発言に安堵したようにミカサは頷いたが、じっとリオンの顔を見つめた。
「……そちらに何かあるんですか? 先程から、ずっと気にされているようですが」
「え? あ、あぁ」
右の刃を装填し直しながら、リオンは苦笑した。
「西区のはずれの方、ほら、ここからも見える。あの背の高い木。あの近くに俺の実家があるんだ」
「!」
「もう八年くらい家族には会っていないが、大丈夫だ。皆、避難しているはずだ」
「……すみません」
「なぜミカサが謝る? お前たちだって相当苦労したはずだ。なぁ、ミカサ。エレンとアルミンとは兄弟同然に育ったんだろう? なら、この先何があっても絶対に離れるな。きっと後悔するぞ。って、そんな気さらさらねぇって顔だな……さて、話が過ぎたか。とっとと二人を回収するか」
ミカサが頷いた瞬間だった。二人から少し離れた場所から激しい物音と主に白煙が立ち上った。彼女の表情に緊張が走る。
(あいつら、一体何で地面なんかに!)
リオンが内心舌打ちをする。
「もう一体、小せぇのがいたのか。あ、おい! ミカサ!!」
彼の言う通り、瓦礫の隙間から巨人が顔を覗かせている。そのサイズは、小型と呼ばれる三メートル級であり、更に視線の先にはエレンとアルミンの姿が見える。
そして、リオンが止める間もなく、ミカサは屋根から地面に向かってその姿を消し、彼もまた今度こそはっきりと舌打ちをしてから、立体機動装置のトリガーを強く引いた。