
あれが巨人なのか。
至る所で土煙が立ち上る中、彼が一番に抱いた場違いな感情はこれだった。
建物の屋根から頭一つ突き出るように闊歩するその姿は、十メートル級と呼ばれるものだ。それらは、非常に緩慢とした動きで、だが確実に内地のある方へと向かってその歩みを続けている。
その周囲をまるで鳥のように飛び舞うのは人間だ。それを視認した巨人が、それまでの動きから一転して素早く腕をその内の一人へと手を伸ばせば、あっという間に兵の身体は巨人の手の中に収まっていた。
十分離れた距離から、捕らえられた兵が最後の抵抗を見せる様子を見ていたリオンたちは揃って息を飲む。彼の悲鳴は周囲の雑音に掻き消され届くことはないが、次の瞬間には巨人の手の中で仰向けの状態でだらりと力無く垂れ下がったその兵士は間違いなく絶命している。
兵士の虚ろな瞳を見たリオンは、今更ながら自身の中に恐怖が色を持って這い上がってきた感覚をまざまざと覚え微かに身体が震えたが、すぐ近くにいる三人も同様の反応を帯びていることにはっと我に返る。
「俺たちは与えられた任務を遂行する。巨人との直接戦闘は極力避け、向こう一時間は東地区の区民を救出する。その後は本部に戻り、次の指示を待つ。ミカサは俺のサポートを、エレンとアルミンは周囲の警戒と、特に建物の影や死角に逃げ遅れた区民がいないか目を配ってくれ。俺とミカサ以外は、間違っても巨人に手を出すな」
三人の返事を合図に、リオンを先頭にして四人が一斉に走り出す。
屋根伝いに進み終わりまで来た瞬間、立体機動装置と連動している刀身に備え付けられたトリガーを強く握れば、アンカーのついたワイヤーが身体の左右から射出される。そのまま前方にある張り出た尖塔の側壁へと突き刺さるのと同時にリオンの身体が宙に浮いた。
風を身体で切る感覚。耳に断続的に響くフィンの回転音とガスの噴射音。鼻腔に刺さる硝煙の香り。様々なものが、彼を刺激し感覚を呼び起こす。もう一度トリガーを強く握れば、今度はワイヤーが立体機動装置に巻き取られていく。
身体は建物の隙間を縫うようにして飛び抜け、彼の身体は次の建物の上へと舞い降りた。他の三人も難なく彼に続く。
走る足を止めずに目的地へと一心に向かって走る。ちらりとリオンの視界に西地区の端の様子が飛び込んだが、立体機動装置で空中を舞う度に、彼の脳裏からそれは掻き消え、代わりに耐え難い昂揚感に満たされていく。
気付けば彼の震えは既に止まっていた。
射出したアンカーの片方が、巨人の首筋に噛み付く。
ワイヤーを巻き取る反動を利用して巨人の背後へと飛び込めば、リオンの両手に構えた刃がうなじの下部へと切り込まれる。
同時に別方向へと飛ばしたアンカーは建物の外壁へと食い込み、今度はそちらを巻き込む力で、向かい側の建物へと着地する。
彼が振り返れば、ミカサが巨人を今まさに一体仕留めていたところだった。そして、彼女もまた彼の隣に降り立つ。
(……すごい才能だ)
ミカサは刀身の状態を確認すると、僅かに眉間に皺を寄せてもう一つのトリガーを引き、刃のみを地面へと放った。ケースからスペアの刃を素早く装填すると、その場で軽く空を切る。
「ミカサはすごいな」
「ありがとう、ございます」
そう呟くミカサの心はここに非ずと言った感じだった。彼女は、巨人にその刃を振るう時ですら背後の二人から意識を逸らさない。
「だが、こっちに集中してもらわないと困る。俺かお前が殺られれば、エレンもアルミンも只ではすまない。まずはあと二体、確実に仕留めるぞ」
「……はい」
目の前には十メートル級と十五メートル級の二体の巨人がいた。既に四人のことを視認しているらしく、確実にリオンたちの元へと向かって来ていた。
「俺は十五メートル級をやる。ミカサは十メートル級を頼む」
「失礼ですが、無理をしないで下さい。ブランクがあるのでしょう?」
「後輩にみっともねぇ姿見せられっか。甘く見るんじゃねぇよ。お前が天才なら、俺も天才だ」
「!」
言うが早いかリオンが駆け出せば、巨人は待ってたとばかりに彼に向かって拳を振るった。
轟音を響かせて巨人の腕が屋根に沈み、煉瓦と土煙が舞う。ミカサが咄嗟に彼の名を呼ぶのと同時に煙の中からリオンが飛び出した。彼はそのまま巨人の腕を伝うようにして駆け上がると、刃の角度を調整する。
「死ねよ。木偶の坊」
彼の立体機動装置からアンカーが飛び出し、壁に刺さるのと同時に彼はワイヤーを巻く。巨人のうなじ下が切り抉られたのは一瞬のことだった。
「すげぇ、あの人。本当に今まで討伐数0なのかよ……」
エレンの呆然とした呟き声が巨人が建物の外壁を撫で崩しながら倒れていく音に掻き消される。
一方のミカサもリオンの姿を再確認した瞬間には、残りの巨人に向かって駆け出していた。