カレイドスコーピオ

進撃の巨人

燭火 / 2

「一体何が起きたんだ!? とりあえず急いで憲兵団本部に戻るぞ! っておい、リオン!!」
「お前は一人で本部へ戻れ! 俺は駐屯兵団に行って、直接状況を聞いてくる!」
「ま、待てって! 単独行動は後で始末書ものだぞ!」
「構うか。この状況は明らかにおかしい。お前も早く行け!」

 リオンの視界の先には、トロスト区の前衛壁が見える。
 その上方の方から尋常ではない量の土煙が立ち上っていた。林立する建物やその土煙のせいで、何が起きているのか詳細までは見て取れないが、この状況は話に聞いたウォール・マリアの惨事を彷彿とさせるものだったのだ。
 今まで感じたことがないような嫌な予感がリオンの肌を刺す。彼は、とにかく今の状況を直接自分の目で把握すべく、逃げ惑う人々の群れに逆らい掻き分けながら駐屯団本部のある場所へ向かって懸命に走っていた。

 駐屯団本部に辿り着いた時、彼の目に飛び込んだ兵の姿はまばらだった。
 だが、その数少ない兵たちの表情を見たリオンは、予想していた最悪の事態が発生し、既に作戦が決行されているのだということを即座に理解する。

「おい、今の状況を教えてくれ」
「え? あ、何で憲兵団がここに……?」

 リオンの団員服に刻まれた盾とユニコーンの紋章を見た駐屯団兵は、驚いたように目を見開きまじまじと彼を見た。
 普段、内地であるウォール・シーナで、直接巨人と関わることなく、むしろ対人間を中心に閣僚と相違ない活動を行っている憲兵団が、このような場に顔を出すこと自体、非常に稀だったのだ。

「そんなの良いから、さっさと説明しろ」
「巨人が……超大型巨人が、また現れたんだ。既に前衛壁が破壊されて多数の巨人が雪崩れ込んできているらしい。前衛部隊は交戦中で、ここも人が集まり次第、区民の退避支援と前線に出る予定だ」

 そう話す駐屯団兵の顔は一見して蒼白で、その手は抑えきれないのか僅かに震えている。明らかに状況に対しての著しい動揺が見てとれた。
 彼はリオンよりいくらか若く、その分経験も浅いのだろう。もしかしたら、今回のような巨人との邂逅自体が初めてなのかもしれない。
 確かにいくら駐屯兵団とはいえ、自分の属する区がこうして脅威に晒されない限り、直接的な戦闘態勢に入るのはそう多くはないはずだ。その点においては、調査兵団の方が数倍も優れている。
 対して、自分が属す憲兵団はそれ以上に比較にならないと、リオンは歯痒さに奥歯を強く噛み締める。
 それでも、相手の狼狽する様子を見たリオンは、彼の肩を強く両手で叩いた。

「落ち着け。お前が臆したら、誰が巨人から区民を護れるんだ? お前にだって大切な家族や友人がいるだろう。しっかりしろ」
「あ、あぁ、そうだな……!」

 いくらか落ち着いた表情になった彼に、リオンはまるで自分自身に言い聞かせているようだと苦笑する。
 そして、すぐに思考を振り切ると、改めて彼に掴みかかった。

「お前の上官に、今すぐ取り次いで欲しい」
「は? はっ!?」
「急げ。時間がない。”問題児の主席”が来たって言えば、十分通じるはずだ」

 訳が分からないという顔をしている駐屯団兵を急かしながら、リオンは白煙のほか、瓦礫などが崩れ落ちる音が徐々に増している前衛壁がある方向を見つめていた。

「いや、ちょっと待て。お前の言いたいことは分かったが、それは無理だ」
「今はそうも言ってられないでしょう! 巨人が侵入してきたのなら、少しでも戦力が必要なはずです。それに、俺は三日後に調査兵団への異動が決まっています」

 鬼気迫る表情で迫るリオンに、トロスト区駐屯部隊長であるハンネスは、困惑した表情を浮かべた。

「その辞令は三日後に発令されるものだろう。あくまで今のお前の所属は憲兵団であるのには変わりがない。そもそも、憲兵団のお前を前線で使うには、憲兵団の司令官の承認がいるんだ。それを俺程度の人間が取るには、まず第一に正当な理由を記載した報告書を作成して、審議会に謀る必要がある。お前だってそんなことぐらいは知ってるだろう?」
「十分分かってます。でも、そんな時間はないでしょう? 今こうしている間にも、間違いなく命を落としている仲間がいる。トロスト区をシガンシナ区の二の舞いにするおつもりですか!」

 リオンが言葉を重ねる度、ハンネスの表情が時折陰るが、直ぐに彼は首を強く横に振った。

「駄目だ。許可出来ん。憲兵団本部へ戻り、お前の上官の指示を仰げ」
「ハンネス駐屯部隊長!」
「やれやれ、本当に話通りの男じゃのう」

 響いた第三者の声に、リオンとハンネスは相手の姿を視認するよりも早く、揃ってその人へ向けた敬礼の姿勢を取る。
 特にハンネスに至っては、前線に近いこの場所へのまさかの上官の登場に内心驚きを隠せなかった。

「構わん。楽にしていいぞ。お前か、”問題児の主席”とは」

 リオンとハンネスだけではなく、周囲で二人の様子を遠巻きに見ていた兵たちも一度に敬礼を解く。
 やれやれと零したその初老の男は、近くの椅子に腰を下ろすと、ハンネスから戦況を書き留めた報告書を受け取った。

「ピクシス司令。もう少し後方の安全な部隊まで移動して下さい。ここもじきに戦闘になります」
「構わんよ。それよりも、話を聞こうか、トライバル憲兵兵」

 ドット・ピクシスの言葉に、リオンは思わず息を飲む。

「ただし、今はゆっくりと話をしている時間はないんじゃ。手短に頼むとするかのう」

2013/08/19 Up