
「しっかりしいや! 金ちゃん!!」
その特徴的なイントネーションを耳に捕らえた瞬間、唯は思わず声に向かって駆け出していた。
見覚えのある彼らのジャージ姿が大きくなるにつれ、彼女の予想していた通りの光景が広がっていた。
(やっぱり金太郎くんだ!)
ぐったりと四肢を投げ出しているその少年は、紛れもなく遠山だ。彼の身体を抱え支えている少年については唯も知らなかった。
少年の金色の髪は毛先は後方に向かって軽く跳ね上がっており、その声はとても良く通る。周囲もすぐに異変を感じ取り、遠巻きに様子を眺めていた。
二人の周囲には彼らのチームメイトが立っており、皆一様に不安そうな表情を浮かべている。
唯はその中にあの時遠山を迎えに来た白石の姿を見つけた。そしてどうやら彼の方も同じタイミングで彼女の存在に気づいたようだった。
「財前。オサムちゃん呼んできてくれへんか? もし見かけたら千歳も連れてきてや」
白石の言葉は唯にまで届かないが、彼の隣に立っていた黒髪の少年は頷いてすぐに駆け出していく。それから白石は今度は唯のところにまでやってきた。
「自分、あの時の立海の子やん」
「金太郎くんどうしたんですか? まさか熱中症に?」
「え、あぁ、それが、俺らにも良く分からへん」
「あまり不用意に揺さぶるな」
唯の後に続いた柳は白石の横をすり抜けると遠山の側へとしゃがみ込む。
そのまま彼の顔を覗き込むと、ぱちりと遠山が目を開いた。
「金ちゃん!」
「あ……謙也? ワイ……ワイ……」
忍足謙也と目が合った瞬間、酷く安心したように遠山は瞳を揺らした。
彼はすぐに上体を起こしたものの上手く力が入らないらしく、すぐに忍足に凭れかかった。
「脱水症状を起こしているようだな。飲み物と身体を冷やせるものはあるか?」
「あ、あぁ……」
柳の登場に驚いた忍足だったが、すぐに頷くと金色小春に目配せをする。
金色も既に状況を察していたのか、持っていたラケットバッグからドリンクと冷却シートを取り出しており、柳へと手渡した。
「意識ははっきりしているが、すぐに医務室へ運んだ方が良いだろう。あまり身体を動かさないよう気を付けてくれ」
「離してや謙也。ワイ一人で歩けるわ」
忍足にそのまま抱き上げられ慌てて嫌がるように遠山は腕を振り上げるが、やはりどこか力無い。
「わ! ほら言わんこっちゃない。金ちゃん大人しくしとき」
「何や。謙也の顔がぐるぐる回るわ……あ、ねーちゃん……」
遠山はそこで初めて側に唯がいることに気が付いたようで、更に忍足の腕から逃れるべくもがいた。
忍足は思わず取り落としそうになりながらも、呆れた声を上げる。
「金太郎くん、あんまり動いちゃ駄目だよ。熱中症かもしれないから医務室行こう」
「そうや金ちゃん。もし悪化でもしたら、青学の越前くんと試合出来なくなってしまうかもしれへんのやで」
「う。コシマエと試合出来へんのは絶対嫌や」
唯に続き白石が言葉を重ねれば、遠山はようやく大人しく運ばれる気になったらしく暴れるのを止めた。
途端に疲れが押し寄せてきたのか、再びぐったりと腕を垂らした。
「よっしゃ、俺に任せとき! 急いで運ぶで!」
「待ちいや謙也。柳くんの言う通りゆっくり運ばなあかんで!」
すぐにでも走り出そうとする忍足を慌てて白石が引き留める。
そんな二人のやり取りを横目に遠山がぽつりと漏らした。
「……ちゃうねん。ワイ、誰かに呼ばれたから振り返っただけやねん」
「柳くん、助かったわ。おおきに」
「いや、こういう時はお互い様だろう」
「金ちゃんも大したことなくて良かったわ。にしてもなぁ、金ちゃんが熱中症なんて考えられへんわ」
そう言って白石は首を捻った。
聞くところによれば、彼がこれまで体調を崩したことなど、一度もなかったらしい。
唯も本人より静岡から東京まで走ってきた話を聞いている。体力に関しては人一倍自信があるのだろう。
「それだけ今年は猛暑ということだ。大事に至らずに何よりだ」
医務室に着いた瞬間、遠山はベッドに倒れ込んでしまった。だが、その表情は先程よりも随分と和らいでいた。
彼の様子を見て、忍足は「金ちゃん、単に眠いだけとちゃう?」と遠山の頬を突きながら笑っていた。
柳は白石と少しだけ会話をすると、唯へ目配せをした。
「無川。俺達もそろそろ戻った方が良さそうだ」
「そうですね。白石くん、金太郎くんが起きたらお大事にって伝えて下さい」
「あぁ、無川さんもおおきに」
そうして柳と唯が医務室の扉を開いたところで、ちょうど入れ違いで人が入ってきた。
「もう、二人とも探すの面倒くさかったスわ」
疲れたという顔をした財前光の後ろには彼が呼んできたであろう二人が立っている。
その内の一人は四天宝寺のジャージを着ているのを唯は視界の端で捉えた。
「無川」
柳に呼びかけられ、唯の視線はもう少しで相手の顔を確認出来るという具合のところで止まり、柳へと向けられる。
同じくして扉も静かに閉じられた。
「白石、金ちゃん、どげんしたと?」
「軽い熱中症やって」
「何や、もうすっかり良うなっとるやん。あとでコケシ没収やな」
「あいた! 何すんねん。つーかワイ、オサムちゃんのコケシなんていらんわ!」
ごんと鈍い音が室内に響き渡り、飛び起きた遠山は渡邊オサムに殴られた額を擦った。
そのやり取りを眺めながら千歳がもう一度白石に尋ねた。
「立海の柳くんと無川さんに金ちゃん運ぶの手伝ってもろうたんや」
その答えに千歳はただ笑って頷いただけだった。