
「は? 何だよ……これ……」
箱の中身に視線が釘付けになったまま、国舘の唇が震えた。
そんな彼のすぐ近くより、小さなため息が漏れる。
「仁王先輩から伝言。それ、お前に返しておいてくれって」
「返すって、どういうことだよ」
「……国舘が、一番意味分かってんじゃねーの?」
そこで、国舘がゆっくりと顔を上げ切原を見た。
双眼は驚きに見開かれていたが、すぐに細められる。彼の唇は戦慄き、固く握り締められた両拳までにも伝播しており、切原に対して強い非難の色を滲ませていた。
「気持ち悪ぃ。つーか、切原は中身最初っから知ってたのかよ。何? 俺、三人に騙された訳?」
言って国舘が切原にも見えるように箱を傾ければ、弾みでそれが零れ落ちた。ひらひらと二、三回転しながら、切原の足下に辿り付きそれを彼は拾い上げる。
そのまま切原は国舘との距離を詰めると、それを差し出した。
「ほら」
「だから、意味分かんねぇって」
国舘は切原の手から乱暴に奪い取ると、箱の中にそれを放り入れる。
次いで紙袋に箱を仕舞い込むのを切原は黙って見つめていた。その様子に更に苛立を覚えたのか、刺のある声を上げる。
「言いたいことあるならはっきりしろって。仁王先輩もグルなら、もうそっちには行く必要ないんだろ? 気分悪ぃ。俺、先帰るわ」
そうして切原へ紙袋を押し付けると、じゃあなとぶっきらぼうに付け加えて国舘が一歩踏み出した。咄嗟に切原が彼の腕を強く掴む。身体のバランスを崩しかけ国舘がよろめく。
これには彼もとうとう辛抱ならなくなったのか、舌打ちをして切原の手を強く振り払った。同じように切原の身体が揺れ、廊下の壁に軽く打ち当たる。
「切原、お前さ、いい加減にしろよ!」
「お前こそいい加減にしろよ!」
「あーもー意味分かんねぇって!」
国舘がいよいよ壁を蹴り上げれば、その音が廊下に木霊する。弾かれたように切原が国舘の制服の襟元を掴んだ。
突然のことに負けじと国舘も切原の肩に手を伸ばしかけたが、切原の酷く切羽詰まった瞳と交錯し、彼はたじろいだ。
「答えろよ。国舘」
「な、何だよ?」
「何であの時、俺の前でも黙ってたんだよ」
「……」
「山犬のあれ。お前も見えてたんだろ?」
「あれ?」
「合宿の時、俺たちと真田副部長で山犬を追っかけただろ。真田副部長が山犬をぶん殴った後、そいつの頭の所から影喰が逃げてったの、お前も気づいてただろう? なのに何で黙ってた」
「は? 影喰? 何だよ。それ」
「もう、俺の前でまでとぼけんなよ。それ、俺にも見えるんだよ」
切原がそう言えば、国舘は僅かに目を見開いた。
切原の動きはある程度予想がついていたとは言え、実際のところ行為に移すことは想定外だったと思いながら、柳生は息を殺して外の様子を伺っていた。彼は今、切原たちのすぐ後ろにある教室内にいる。切原と別れてから先回りして教室に滑り込んでいた。待機し始めてから実際はそうでもないのだが、体感的にはとても長い時間が経過したように感じていた。
仁王との事前の打ち合わせでは、彼の元へ辿り着いてから箱の中身について国舘に言及する予定になっていたはずだった。
切原が仁王の元へ向かう間、柳生に割り当てられていた役割は先回りだけではない。仁王から渡された憑代を所定の場所へ仕掛けることだった。既にテニス部の部室と階段の一部、そしてこの教室に施してある。また、彼と同じ目的で唯も同時に行動をとっているはずだった。
こうして国舘を少しずつ囲い込む手筈だったのだが、その最中、切原がこうして打ち合わせにはなかった行動に出てしまったのだ。
切原の気持ちは分からなくもない。曲がりなりにも国舘は彼の親友でもあるのだ。
仁王によって国舘にジョーカーの嫌疑がかかった際、真っ先に異論を唱えたのも切原であり、だからこそ彼は彼なりに国舘の底意について踏み入ろうと躍起になっているのだろう。
現に切原は、まだ相手に対して知らせるべきではない情報を先立って口に出してしまっている。余りにも軽率過ぎる行動だと柳生は焦りを滲ませながら、ただ二人の声に耳を欹てるほかなかった。
一方の国舘はそんな切原の行動も影響してか、一転して冷静さを取り戻しているようだった。ジョーカーであるという切原の指摘を認める素振りは全く見せない。
当然のことだ。切原の言葉のどれもにそれを決定付ける文言は含まれていないのだ。
柳生は携帯電話を取り出すと急ぎメールを送信する。それから自身の左手首に視線を落とした。仁王から渡された”お守り”はしっかりとそこに忍ばせてあった。
もしも今ここで何かが起きてしまったとしたら、彼が到着するまでの間の時間稼ぎを出来るのは自分しかいないが、柳生にとってそれがどれだけ危険であるかは、彼の警告はもとよりこれまでの経験からも嫌と言うほど知っている。
それでもと告げた意志を思い出しながら、彼はいつでも動き出せるよう扉にそっと手をかけた。