カレイドスコーピオ

インビジブル

06.嘘つきの代償 / 30

 既に帰宅の途についたはずの切原が立っている。
 この状況に、誰よりもいち早く警戒したのは柳生だった。
 目の前の人物は、自分の知る切原ではないかもしれない。そんな疑惑を孕んだ視線で貫かれた切原は、最初からそれを覚悟していたようで、緊張に顔を強張らせたものの、決して柳生から目を逸らさず、ただ真っ直ぐに見返していた。
 柳生の視線が鋭さを増すのと同時に室内を緊張感が満たしていく。

無川。どうじゃ?」

 のんびりとした仁王の声が沈黙を引き裂いた。
 彼は続けざまに一際大きく欠伸を漏らすと、同時に浮かんだ涙を拭いながら切原に一瞬だけ視線を向け、すぐにへと興味を移す。

「き、切原君に間違いないと思います」
「ちゃんと学習しとるみたいじゃのう。柳生、大丈夫じゃ。赤也も早く入りんしゃい」

 仁王は、まるで子供を褒めるような口ぶりでに答えると、目を細めて満足気にくつくつと笑う。
 言われるまま扉を閉めた切原が、おずおずとソファーの側にやってくる。そうして全員の顔を見回して、若干迷ったあと、彼は仁王の隣に腰を下ろした。
 その間、柳生は困惑したようにを見つめていたが、彼女はただ静かに一度頷いただけだった。それでも彼の緊張を解すには十分だったらしく、柳生は軽く息を吐き出すと切原に向き直る。

「申し訳ございません。切原くん」
「俺の方から帰るって言ってこんな早く戻って来たら、あんなことがあったばっかりだし、柳生先輩じゃなくても疑うのは仕方ないッス」

 切原の表情は、彼がここを去った時に比べると一変していて、どこか吹っ切れたように晴れやかだった。
 そんな彼の心境の変化には一体どうしたのだろうかと思いながら見つめていると、それに気付いた切原は少し眉を下げて口籠りながら話し始めた。

「俺、さっきは“知るのが怖い”なんて言ったけど、ここから出てってどんどん皆から遠くなったら、急に“このまま俺だけ知らないのが怖い”って思ったんスよ。何か、上手く言えないけど、仁王先輩が遠くなるんじゃなくて、俺が皆から遠くなってって、今日を逃したらもう二度と近寄れないようなそんな気がして、そっちの方がずっと嫌だって。それに、国舘だって俺と同じように今回のこと知りたがってたのに、何であっさり帰ったのか、仁王先輩にまだそれ聞いてないし……」

 段々と弱々しくなっていく切原の言葉を聞いていた仁王が、楽しそうに声を上げる。

「だから、そこでずっと聞いてたんじゃな」
「仁王先輩気付いてたんスか? でも外からじゃ、所々しか聞き取れなかったけど」
「まぁな。いつ入ってくるのか、俺はずっと待っとったんじゃがのう」

 すげぇ皆真剣に話してるから入り難かったんスよと切原は拗ねるように呟いて、ようやく本音を言って落ち着いたのか、ソファーに大きく身体を沈み込ませた。ぎしと大きくソファーが悲鳴を上げる。

「ってか、俺が戻ってくるって最初から分かってたんスね。やっぱ、仁王先輩って、柳先輩とか以上にバケモンだ」
「赤也はいつも素直じゃのう。明日、それ参謀にちゃんと言っといてやるから、練習楽しみにしときんしゃい」
「え? えっ?」
「プリッ」
「……仁王くん、あまり切原くんをからかうのはよしたまえ」
「ピヨ」

 目の前で繰り広げられる三人の掛け合いを見つめて、は今更ながら自分がこの場にいることの不思議さを感じていた。
 数奇な巡り合わせと呼ぶには大げさかもしれないが、一つ一つの些細な出来事が重なって、卒業まで縁を持つことがないだろうと思っていた仁王たちと、こうして同じ席に座っている。
 それでもがこれ以上、仁王たちの輪の中へ自分が溶け込むイメージを持つことは困難で、少し前の彼女であれば、彼らが持つ不可触の繋がりを目にしても、一つの風景画のように容易に流すことが出来たはずなのにも関わらず、今ではそれが微かに輝いて見えていた事実を、この時のにはまだ気付けずにいた。

無川さんがお待ちです。さぁ、話の続きを始めましょう」
「何じゃ、柳生が珍しく楽しんどるのう」
「なっ、そういうわけではありません! 大体、仁王くんは……」
「あーもう、とりあえず、仁王先輩、続き! 続き!」
「つまらんぜよ。まぁ、赤也も揃ったし、一旦ここで、国舘のことを話す必要があるかのう」

 軽く目じりを擦りながら仁王が独り言のように呟く。
 その様子を見て、柳生が何か言いたげに口を開きかけたが、すぐに仁王が続きを話し始めたので、彼は閉口する。

「国舘だが、あいつは明日にはもう、今日起きたことの殆どを忘れとるはずじゃ」

 仁王の言葉に、は彼がこれから口にする話が、彼女が自分自身も参加した、一番最初のこっくりさんに通じる内容でもあるということを感じていた。

2012/11/06 Up