
切原は、そもそも当の自分自身がこの話を信じられないとでもいうように、時々言葉に詰まらせながら事のいきさつを説明した。
悪天候によって本日のテニス部の練習が中止となり、早々に下校しようとしていた二人だったが、切原が部室に忘れ物をし、それを取りに部室へと再び戻ったところ、そこに柳生が一人でいたらしい。
声をかけようとした二人だったが、柳生がロッカーが並んでいる壁の上部を何やら熱心に見ていたのが気になって、好奇心からこっそりと彼の様子を伺うことに決めたそうだ。
やがて柳生は側にあった椅子を使って、ロッカーの上部辺りを探っていたという。
二人の位置からは、ちょうど柳生の手元が隠れており良く見えなかったが、やがて彼は何かを見つけて首を捻る仕草を見せたあと、制服のポケットから、同じく何かを取り出してそれらを長く見比べていたのだが、切原がついうっかり物音を立ててしまい、柳生が二人の存在に気付いた辺りから、事態がおかしくなったらしい。
切原と国舘の姿を見た瞬間、柳生は激しく動揺し、二人から必死に距離を取ろうとしたそうだ。
レギュラーの中でも、常に冷静さを失わない普段の彼からは想像もつかないその様子に、切原と国舘は互いに顔を見合わせその場に立ち尽くしていたが、すぐに柳生は二人の間を押しのけるようにして部室を飛び出していった。
一見して尋常とは呼べない雰囲気に慌てて二人も後を追ったのだが、廊下の角を曲がった柳生に続いて、彼らもその角に飛び込んだ時には、既に彼の姿はどこにもなかったという。
柳生が進んでいったはずの廊下には、教室の扉はおろか、柳生が身を潜めるような空間などなく、また柳生が角を曲がって、数秒違いで彼らも同じ角を曲がっていたことから、隠れる余裕などそもそもなかったと言える。
いくら考えても柳生がまるで消えてしまったとしか考えられなかったのだ。
そんな中でかかってきた切原への連日の無言電話に、ずっと無視を決め込んでいた切原がとうとう業を煮やして通話に出たことから、今のこの状況に至っている。
切原が言った柳生が見つけたものについては、ロッカーの上にあったものは仁王の結界、ポケットから取り出したのは唯の渡した憑代とみて間違いないだろう。
彼の話を聞きながら、浮かんだ疑問を唯は口に出さずに噛み潰した。
切原は先程”最近になって、頻繁に無言電話がかかってくるようになった”と言っていたが、この電話がこうして彼に繋がったのは、果たして偶然なのだろうか。
もしかしてこれもジョーカーに関連しているのでは――
「――せ――ぱい? 無川先輩! 聞いてるッスか? 俺の話」
切原の声にはっとして、唯はごめんなさいと慌てて返した。
彼は僅かに不貞腐れたようにため息をつく。
「とにかく、あの柳生先輩は、どう見てもおかしかったんだ。それに……」
ちらりと切原は国舘の方を見てから、静かに残りを吐き出す。
「柳生先輩の姿が見えなくなってから、何でかあのこっくりさんのことが頭に浮かんできて、そしたら、国舘も同じだって言うし。だから、無川先輩からの電話だったって知って、俺、マジでびっくりしたッス。だから」
そこで一旦切原は話を切った。
通話の向こうの切原が、戸惑うような表情をしている姿が唯の頭に浮かんでくる。
「だから、また、何かそういう“おかしなこと”が起きたんじゃないかって思って」
いよいよ黙り込んだ切原と唯の間に沈黙が横たわる。
きっと彼は唯が何かを言い出すのを待っているのだろう。
その様子を感じ取った唯は、ここで自分が置かれている状況を始めとして色々なことを話して二人を巻き込む真似はやはり出来ないと、諦めと同時に嫌な予感を覚えながら今度は切原との通話を切る口実を考え始めていた。
「……俺」
唯も聞き取るのがやっとのくらいの声量で、切原が唐突に口を開いた。
「俺、無川先輩のせいで、あんなことになったなんて、やっぱり思えないッス」
「え?」
「無川先輩は、自分のせいだってあの時言ったけど、俺がそもそもこっくりさんやろうって言い出したのが原因だから、どっちかって言ったら悪いの俺だし……って、あーもう! いきなり何言ってんだ俺!」
切原の言葉に、以前唯に霊感があると仁王が切原たちに吹き込んだ際、そういえばそんなことも言ったなと思い出していた。
そんな彼女にお構いなしと、切原は早口で続けた。
「無川先輩。さっき俺が話した柳生先輩のこと、どう思うッスか?」
隠さないで話して下さいと続けた切原に、唯は何故だか今の自分の状況を彼に全て見透かされているような気がしてならなかった。