
テニスコートのフェンス際は、大勢の女生徒たちによって隙間なく占領されていた。そのほとんどが立海生だが、中には他校の制服姿の者もいる。
聞くところによると、他県からわざわざ立海までやってくる熱狂的な者も少なくないらしい。
彼女たちのお目当ては、言わずもがな男子テニス部のレギュラー陣である。しかもその目的が偵察などではなく、単純にファンとして彼らの姿を一目見たり、声援を送りたいが為というから驚きだ。
部活動が行われている時間帯のテニスコートの様子を初めて見た唯は、自校、他校含めたその言い知れぬ熱狂さに思わず一歩後ずさった。
はたしてこんな状況の中で、レギュラーたちは集中して練習に打ち込むことが出来るのだろうかと疑問を感じつつも、女子たちの隙間から、僅かに垣間見えるコートに目を凝らす。
目的の人物の姿を探してみるが、中々見つからない。
「たるんどる!!」
突然響き渡った恫喝に、女子たちの視線が一斉に声の主に向けられる。
唯も反射的に視線を投げれば、そこには彼女もつい先日の鴉の件で見かけた風紀委員長の姿があり、彼の目の前には切原が立っていた。
俯き加減の切原へ、次々にさながら雷の如く叱責が降り注いでいた。その声の大きさに驚かされるのは勿論だが、そもそも、たるんどるを始めとした中学生らしからぬ彼の言葉の数々に、唯の視線は二人につい釘付けになっていた。
彼女が何故、風紀委員長がテニス部のレギュラージャージなんて着ているんだろうかと考えていると、切原が「そりゃないッスよ。真田副部長ー!」と情けない声を上げる。そうか、彼はそもそもテニス部員だったのかと唯は納得した。
男子テニス部が全国的に有名だと知ってはいても、彼女にとっての部員の知識など所詮この程度だった。
周囲の女子が、部員ではなく顧問にしか見えないであろう真田の様子にすら、きゃあと黄色い声を上げるものだから、全く良く分からない世界だと唯は眉を寄せた。
すぐ近くには丸井とジャッカルの姿が見える。こうしてレギュラー達が一か所にいるということは、すぐ近くに仁王もいるはずだと、必死にコート内に目を凝らしてみたが、予想に反して彼女が求める彼の姿はどこにもなかった。
もっと近くで見てみようと、女子たちの波の中に入り込もうとして、はたと思い直す。
仮に彼の姿を見つけたところで、こちらから声をかけれるかと言ったら、それはまた別な話なのだ。ましてや、仁王から話しかけてくることなどありえないだろう。
結局、唯は人だかりか離れ、鞄からペットボトルを取り出す。買ってすぐ無造作に放り込んだ為、鞄の中に入っていた教科書やノートの紙面が結露でたわんでいたが、彼女は気にも留めない。
力任せにキャップを捻り、中身を勢いをつけてまるで注ぐように体内へ押し込んでいく。半分ほどを一息で飲み干して、彼女は手の甲で乱暴に口を拭った。
間髪を入れずに残りも消化した彼女は、空になったボトルを軽く潰して鞄に入れ、コートに背を向けると足早に歩き出した。
(いつ終わるんだよ、これ)
頭上から降り注ぐ、自分に向けられる言葉に半ば押し付けられるように切原は俯いていた。
たかだか五分ほど部活に遅れただけで、ある意味こんな恥晒しの状態になるなんて理不尽だと、目の前の真田に対して言い放てば、それは火に油を注ぐだけでしかない。
ちらと横目で赤髪の先輩に助けを求めてみるも、いざ彼と目が合えば、にっと笑みを返されただけだった。思わず切原は心中で悪態をつく。
こういう時は、普段気にならない部外者の野次や声援も妙に気になるものだ。コート内に投げかけられる甲高い声が彼を逆撫でる。思わず切原は、八つ当たりでしかない怒りを込めた目をフェンスへと向けた。
「……あ」
意外な人物の姿を視界の端に捕えて、切原は思わず小さく声を漏らした。同時に急速に膨らんだ怒りが彼の中から吐き出されていく。
まさかと思って改めて確認しようとしたが、彼女の姿はすぐに他の生徒たちの中に紛れて見えなくなってしまった。
食い入るようにコートの外へ視線を向けている切原に、その先にいる女生徒たちは歓声を上げた。
「確かに今のは……」
もう一度と視線を巡らせようとした彼は、すぐ隣から這いよる、ただならぬ視線にはっとして恐る恐る頭を戻した。
眼前に壁の如く立ちはだかる真田は、こめかみに青筋を立て、口の端を引き攣らせている。
思わず切原は、やべぇと呟いて一歩後ずさった。
「ほう、俺の話をうわの空で聞いているとは」
「あ、いや、な、何でもないッス!」
慌てて切原は首を振るが、時既に遅く、真田はじっと瞳を閉じたかと思うと、おもむろに大きく息を吸い込んだ。
「さ、真田副部長……?」
遠巻きで見ていた丸井が、ご愁傷様と呟いて自身の両耳を手で覆う。
まもなく、彼の雷のような怒号がコート内を駆け巡った。