カレイドスコーピオ

インビジブル

02.三つの駆け引き / 3

 思わぬ仁王の行動に抗議の声を上げようとしただったが、既に彼女は再び席を立つタイミングも話の主導権も失っていた。
 彼の真意は未だ分からないものの、少なくとも彼が満足するまでは終われないのかと、ずれた椅子の向きを正しながら様子を伺う。

「お前さんが聞くつもりがないみたいじゃから、今度は俺から質問を三つするぜよ」

 一体全体どうしたらこんなことになってしまうのだろうか。
 仁王の取り留めのない話に付き合わされるのも、無駄に彼のファンクラブを警戒しなければならないのも、全てはあのこっくりさんのせいだと柄になくは心中で悪態をつく。
 目の前の彼はそんな彼女の心境を知ってか知らずか、マイペースに事を進めるままだった。

「一つ目。この世で一番恐ろしいもの。お前さんは何だと思うぜよ?」
「え?」
「一番恐ろしいものじゃ」
「恐ろしいもの、ですか……幽霊とか?」

 の戸惑ったような小さな答えに、仁王はさも面白いものを聞いたと言わんばかりにくつくつ笑う。
 仁王のこういう人を食ったような態度は気に入らない。
 そう言えば、彼がペテン師という妙な二つ名を持っているという話を思い出す。
 実際には見たことはないが、彼が見せるテニスのプレイスタイルをそのまま表したものらしいが、そうでなくても噂通り雰囲気にぴたりと符合するのは、彼のこう言った側面がそうさせるのだろうか。

「今までの流れからしたら、当たり前の答えだと思いますけど……」
「ああ、悪い悪い。悪気はないんじゃ。気にせんでくれ。お前さんが言ったものは怖いものじゃろ。俺が言うとるのは、恐ろしいものぜよ」

 未だに笑いをこらえるような表情を貼りつけて仁王は言い直す。
 怖いと恐ろしいの違い。
 それぞれ普段から意識せず何気なく使っている言葉だが、いざ改めて問われてみるとにはピンとこないものだった。

「例えば、お前さんは幽霊が見えるにしろ見えないにしろ、幽霊という存在自体に恐怖を抱いていると仮定する。見えるお前さんは幽霊を『怖い』と感じ、見えないお前さんは幽霊を『恐ろしい』と感じる。極論から言えばそういうことじゃ」
「は、はい……」
「主観的か客観的かどうかの違いぜよ」
「主観的? 客観的?」

 急に話の方向性が変わってきたとは伺うように仁王を見るが、彼は至って真面目な顔で話を続けていた。

「……そこに幽霊がいるナリ」
「え? えっ!?」

 仁王が徐にの右隣を指差した。その動きにつられるように思わず彼女は何もない空間を凝視する。
 彼の楽しそうな声がまた響いた。

「別な例え話の続きじゃ。ビビリじゃのう。俺もお前さんもその幽霊が見えとるとしたら、互いに映るその姿はどうなるか? 違って見えるか、それとも同じじゃろうか」
「同じ姿に見えると思います」
「正解ナリ。お前さんはこの瞬間、幽霊を主観的に示したことになるぜよ。じゃあ反対にお前さんは幽霊が見えない。けれどその姿をどうしても俺に説明しなければならなくなったらどうする? ほら、説明してみんしゃい」
「う、うーん。そこに顔が見えないほど髪が長くて、血だらけの白い服を来た女の人が立って……」
「そんなものはおらんぜよ。片腕のない男が立ってるナリ」
「……」
「ピヨ」

 しれっと水を差すようにまた重ねた彼の言葉を、は今度は無視することにした。
 彼の言動の一つ一つに付き合っていたら、このまま良く分からない考察がいつまでも続きそうな気がしたのだ。

「つまらんのう。まぁいい。どうじゃ。俺とお前さんの意見は相違した。何故かのう?」
「……仁王くんには見えてても、私には見えませんから、私は勝手に姿を想像するしか出来ません」
「そうじゃ。お前さんは幽霊を今度は客観的に示したことになるぜよ」
「でも幽霊が見えようが見えまいが、足がないとかの姿形は、全部私の個人的な主観だと思うんですが」
「今は幽霊の姿形についてはどうでも良いんじゃ。幽霊という存在そのものが、お前さんにとって主観的であるか客観的であるかが分かれば良いぜよ。これで怖いと恐ろしいの違いについては終わりじゃ。さぁここでもう一度最初の問題ナリ」

 主観的だの客観的だの、まるで現国の授業を受けているような気分に浸りながら、は必死に頭を回転させる。
 そうして絡まってきた思考の糸を、仁王は己の言葉でもって更にかき混ぜる。

「ハズレたら、この十円玉をやる」

 そう言って彼は自身のポケットを差す。はいらないと慌てて首を振った。
 仁王の例え話通りの幽霊の話を例にするならば、恐らく自身が対象となるそのものについて、あらかじめきちんと理解している場合を主観的、逆の場合を客観的と言いたいのだろうか。

「何となく怖いと恐ろしいの違いは理解出来ましたが、具体的にはやっぱり分かりません。それに少なくとも私にとっては、やっぱり幽霊は怖いよりも恐ろしい部類に入ります」
「……十分及第点ナリ。ほら、景品じゃ」
「う、わ、十円玉なら結構です……って、ガム? キャラメル?」
「丸井に貰ったが、俺は食えないナリ」

 ぽんと投げ渡されたものを反射的に受け取ってまじまじと見れば、それば銀紙に包まれた小さなブロック状の塊で、微かにフルーツのような甘ったるい人工的な香りがした。
 投げ返す訳にもいかず、は少し迷った後、それを制服のポケットに仕舞った。

「二つ目の質問ナリ」
「え……質問の答えは……?」
「お前さん、まともに答えられんかったじゃろ」
「でも、さっき及第点って」
「それとこれとは別じゃ」

 こんなことが、後二問も続くのかとは落胆しながら彼の次の言葉を待っていると、仁王がの目をじっと覗き込んだ。
 彼は表情こそは先程と同じように柔和に形作っていたものの、その瞳は全く笑っていなかった。
 は思わず目を見開く。

「さて、二つ目じゃ。俺はあの時、最後にお前さんたちに一体何をしたのか分かるかのう?」

2012/04/30 Up