カレイドスコーピオ

キノの旅

魔女の森 -She is a witch- / 1

 その国の中央広場には、とても大きな噴水があった。
 国民の誰もが国のシンボルの一つだと口を揃えるそれは、確かに他の観光場所とは一線を画していた。
 白い石煉瓦で組まれた噴水の直径は百メートルほどもあり、縁より十メートルほど内側へ入り込んだ位置から、中央に向かって階段状に台座がせり上がっている。まるでウエディングケーキを連想させるそれの最終地点には、右手に水瓶を抱えた白い女性の像が立っていた。
 女性像の左手は空へと真っ直ぐに伸ばされ、その指先には舞い降りてきた小鳥が象られている。水瓶から溢れてくる水が、階段状の台座を滑り落ちることで作り上げられる薄い水のカーテンは、日の光を帯びるときらきらと輝きとても綺麗だった。
 噴水の周りを取り囲むようにして、幾つものベンチが並んでいる。まだ十時前だというのに多くの人の姿で溢れ、思い思いに談笑していた。

「ホテルの人や他の人が言った通りだね。確かにここは気持ちが良いや。ほら、あのベンチが空いてるよ」

 しばし噴水の前に佇んでいた少年を急かすようにして、彼に支えられていたモトラドが呟く。
 少年は小さく頷き空いているそのベンチへ寄ると、すぐ隣にモトラドのスタンドを立てた。

「本当にどこに行っても埃っぽい国だね。それに旅人用の国の入口と出口が国の端と端に別々にあるなんて変わってる。出国する時には気を付けないとね。それにしても、あちこちに砂が入り込んできて気持ちが悪いや。またホテルに戻ったら宜しく。キノ」

 キノと呼ばれた少年は、先程と全く同じように頷いて、帽子とゴーグル、そしてマスクの代わりにと口元を覆っていた緑色の薄いスカーフを取り払った。
 下から現れた黒髪の少年の顔つきは若く、十代の中頃から後半にかけてくらいだろうか。
 彼はスカーフに浅く纏わりつく砂を払うと丁寧にそれを畳んで腰にぶら下げたポーチの中へとしまった。それからコートの裾を叩けば、砂が一瞬舞い上がりそして沈んだ。

「この土地特有の風土が影響しているんだろう。風が絶えないうえに、土の質も細かく乾いていてさらさらし過ぎている。確かにゴーグルやマスクなしでの生活は大変そうだ。噴水がシンボルなのも頷けるよ。ここの周囲は水煙のおかげて砂が舞わないからね」
「どうするのさ。あと二日もキノはここにいるつもりかい?」
「いや。正直長居はしたくないな。情報収集と補充が終わったらもう出ようと思う。エルメスはどう思う?」

 エルメスと呼びかけられたモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)は間髪入れずに答えた。

「賛成ー」

 鬱蒼と木が生い茂る森の中を一つの影が駆け抜けていく。
 厚く空を覆い尽くす枝葉の下には抜かるんだ地面が延びており、どこまでも陰惨な光景が続いている。
 エルメスに跨ったキノは、タイヤを地面にとられないように速度を下げながら慎重に森の中を進んでいた。

「一体どこまでこの森は続くんだろう?」

 独り言のように彼は呟き、ちらりと空を仰ぐ。
 だがそこにあるのは、黒い葉の群ればかりだった。

「そう長い森じゃないって言ってたし、せめて日暮れまでには次の国に着きたいね」

 エルメスもまた、まるで独り言のように漏らした。
 キノは気にも留めずゴーグルの位置を直すと、空とそっくり同じ色をした地面を睨みつけた。

「・・・・・・参ったな」

 キノは心底うんざりした声を上げた。
 周囲は先ほどよりもずっと深く影を落としている。ばたばたと耳障りな冷たい音も響き、少年はそれらがエルメスに降りかからないようにと自身のすぐ近くへと移動させてから、しっかりとスタンドを立てた。
 それから雨でしとどに濡れた帽子を軽く叩いて滴を落とし、エルメスのハンドルに引っ掛けてから背後の木に背を預けた。
 木の幹はとても太く、彼が寄り掛かってもなお左右にまだ十分に余裕があるほどだった。

「キノ、今日は、ここで野宿かい?」
「残念だけどそうみたいだ……ふかふかのベッドで休みたかったよ。エルメスだってこんな雨の下なんて嫌だろう?」
「僕だって泥だらけなんて気持ちが悪いや。それにしても、変な森だ」
「あぁ、変だ。こんなに立派な森なのにさっきから動物の気配が全くない。こんなこと初めてだ」

 キノは、地面で激しく踊る水しぶきを見つめて何度目かのため息をつく。
 エルメスも少し考えてから「まぁね」と短く答えた。

「あら?」

 キノの背後から突然響いた小さな声に、彼は流麗な動きで振り返ると声に向き直った。その僅かな間に彼の右手は太股へ、左手は腰の後ろの方へと自然に伸ばされていた。
 右手には、彼が『カノン』と呼ぶリヴォルバー式のハンド・パ-スエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)が握られ、左手も細身の自動式の『森の人』が抜けるよう添えられている。
 いつでも相手の急所を打ち抜ける姿勢を崩さないまま、キノは目の前に立つその少女を見つめていた。

2015/05/30 Up